超 自 省 録

時事、日中関係、社会問題について。会社員、オタク、二ヶ国語をしゃべるやつが、書きます。

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次にほしいパソコン

DVI or HDMI output (HDCP compatible, 1080p or above rezolution)
Opitical Out & No legacy interface
Dual Core CPU and low TDP
Solid State Disk (16 - 32 GB)
Gigabit Ether + Megabit Wireless (IEEE n)
Zero or only one FAN (which means heat pipe for North & South Bridge)
Blootooth Mouth & Keyboard
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  1. 2007/06/17(日) 19:22:41|
  2. 生活記録
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タイ80時間の顛末記 上

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朝学校に行って筋トレしたものの、時間が足りなかったため、またもやベンチプレストとけんすいとスクワットの三種目しかできず。しかもロッカーの鍵を落としてさらに時間をとられることに。タクシーを捕まえて日暮里へ。成田について、旅立ち前の明るい気分でみんな談笑した。高桑だけ初対面だが、前馬評のイメージとちがって、さわやかというかイケメンという印象だった。しばらく話すとまじめなやつだと分かった。

JALははじめて乗ったが予想外にしょぼかった。マレーシア航空のようにゲームとか娯楽設備もなく、ASIANAのように雑誌がそろっているわけでもない。飯がうまいわけでもない。本を持ってきていないのでなにもやることがない。飲み物を運ぶ回数ばかりが多くて、トイレに行く回数も多くなる。飛行機の中でラッセルクロウが主演する、ロンドンのボンドトレーダーが、フランスのシャトーを相続して引退するという映画を見た。この男は本当に幸運だな。バンコクに着いてから両替して(案の定両替レートは1バーツ3.3円と成田の4.0円より良かった。途上国の通貨は現地で変えるのが鉄則だな)、PRINCE PALACE HOTELに夜12時頃着く。韓国の時よりはずいぶん豪華なホテルだ。というかこんな程度のホテルに泊まるのは人生ではじめてかもしれん。

夜は、もう休むという高桑をのぞいて四人で外へ繰り出した。夜中の二時を回るにもかかわらず、衣類の卸売り場であるこの界隈の異様な活況と熱気に驚き、またおそるおそる屋台で買い食いをして、うまいと口々にいった。途中でポンビキにも会い、遠く入り組んだと通りのところを眺めれば、ミニスカートの足がたくさん立っているではないか。潔癖性?の、日本から来た大学生のぼくらは瞬く間に歩き去った。今思うと入ってみて器量と相場くらい聞いておけば楽しかったのに。夜中三時くらいにホテルに戻る。明日から、この旅の実質的な三日間がはじまる。












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一日目は、バンコク市内の王宮に行った。トゥクトゥク(三輪車タクシー)と初交渉、120B(400円)で市内まで載せてもらうことに。王宮は・・・観光客がアリのようにうよめき、綺麗に補修されていて、怪しい表情のと動作の像がいっぱいあった。このごろから一生と観光客を観察しては「やっぱ欧米はかわいいよね」と何回も言ってた。なにしろバンコク市内は、人口の2割は欧米人かというほど観光客が多かった。一生は、「俺結婚するなら絶対にアイビーリーグ」と訳の分からない願望を話していた。「おれドイツ人か、ドイツ系スイス人と結婚したい」と僕が呼応した。

王宮は半ズボンなどラフな格好では入れないが、タダで服を貸し出してくれる良心的な着替えところがある。後に旅を通して思ったことだが、タイのトイレは(すくなくとも観光地のそれは)予想以上に綺麗だと言うことだ。中国のトイレよりはずいぶんましだ。王宮のあと、寝涅槃を探して市内をあるいていると、防衛省前の公園のあたりで親切なおじさんに会う、どこいくんだい、から会話が始まり、そのうち、トゥクトゥクの相場は30分あたり10Bだよー、君たちぼられたね、市内観光ならおれがトゥクトゥク呼んでやるよと言ってくれた。さあて、これがカモ五匹の旅のはじまりだった。トゥクトゥク二台に分けて乗った僕らが、最初に連れて行かれたのが市内のなんとも人工的な寺院。そこで偶然敬虔な仏教とのタイ人インテリにあい、しばらく英語で話して、市内ツアー中だというと、君たち大丈夫かいいくらとられたんだい?と聞かれ、40バーツで周遊と答えると、怪訝な顔をして、それはなんとも安いねと言った。 次ぎに連れて行かれた場所で安さの秘密が判明した。着いたのが、スーツの仕立屋だった。本カシミヤのスーツだよ!安いよ!日本の3分の一の値段よ! いや、学生だからいらん。 お父さんにプレゼント、よろこぶよお! お父さんおらん。→笑  シルクのスカーフ、女の子にあげると十倍好きなってくれるよ!  内心「なに、十倍も好きになってくれるのか!」と一瞬でも思った自分がなんとも可笑しかった。スカーフ一枚2000Bだという。高杉だろ。トゥクトゥクの運転手に不満を表して、出発する。次ぎについたのが「Tourist Information 」とデカデカと書かれた、いかにも公的っぽいイメージを装った旅行業者のところだった。この時点でカモであることがはっきりしたわけだが、一応アユタヤやアンコールワットに行きたいというニーズはあったので、入ってみて相場を聞いてみることにした。そうすると、結果アユタヤへは、バン一台を運転手つきで5000B→値下げ後3500Bで借りられることになった。考えてみれば運転手は日本語を話せないだろうし、向こうで何がどうなるのか、なんとも怪しい。アンコールワットは一人11000Bをふっかけられた。結局「考えておきます。また来るかもしれませんから住所と電話を教えてください」というと、かたくなに拒否された。「あなた方ははなんでも分かっていらっしゃるようですから、もう私たちは必要ないでしょう。他のところにいけばきっともっと安いツアーがあります」と。なんだよ、通報が怖いのかよ。笑   トゥクトゥクに戻り、出発。次ぎについた中規模の人気のまったくない寺院では、なんとひとまわりして戻ってくると、二台のトゥクトゥクがもういないじゃないか!しばらく探してみてもいない。俺たちが金にならないカモだとみて、切り捨てたのだろうか。笑 見事な手際だ。  


暑いなか、しばらく歩き回り、やはりトゥクトゥクを捕まえて、値段交渉をがんばり、ワットポーに行った。涅槃を見て、Siam 駅前に行き、食事した。高級店の部類に入る店にいったが、結局一人1000円も行かなかった。うまかった。非常によかった。  食後ツアー担当者の現地人ガイドに連絡してみると、電話に出ない。JALツアーの番号にかけると日本人がでて、丁寧な対応してくれた。アンコールワットの現地ツアーは一週間くらい前からでないと不可能のこと、そのかわりアユタヤのツアーを一人2400Bのところを、(現地ガイドが連絡着かないお詫びに?)1500Bで特別に手配してくれるとのこと。日本語ガイド、車、昼食、入場券付きだなので、かなりお得に思え、お願いすることにした。旅を通じてこのときだけJALに感謝した。 

それから二手に分かれた。石毛と一生と俺はぶらぶら歩きもといかわいい子ウォッチング。高桑と福西はあろうことか日系デパートに買い物にいった。バンコクは本当にかわいい子が多い。みんなシンプルだが、おしゃれな服を着ていて、清楚にしてセクシーという感じだ。「ぜったい日本よりかわいいよ」と一生にいうと、「ここはたぶん青山とか原宿みたいなもんだから、当然だろう」 なるほど、日頃北池袋と本郷、ときどき秋葉原にしか出没しない井の中の俺が驚くのも不思議はないな。7時になるごろには、全員くたくたに歩き疲れていた。高級デパートにはいるとGUCCIやらHERMESやらのショップがいっぱいいっぱい。この町もまた大都市。8時から電車にのってニューハーフショーへ。MAMBOという劇場だ。ショー自体は良くできた学芸会レベルというか、大学の学園祭に毛が生えた感じだが、ニューハーフは本当に綺麗だった。びっくりするほどしろくなめらrかな肌、はみ出す胸。しかし全体的にお客はあまり盛り上がらず、最後に至っては拍手する人もほとんどいない。一生と二人で懸命に拍手した。ショーが終わって、外に出るとキャストたちが並んでいた。目が合うと、ドレッシーな彼女たちは「ぼうや、こっちおいで」と言わんばかりに笑顔で手招きし、飛んで火にいる俺。ハグされ、いっしょに写真を撮ると、日本語でチップをとと要求された。わけわからず緊張していたおれは、財布の中身を一枚また一枚取り出して、有り金が空になるまで配った。最初の一枚が500B、あとの数枚は100B、たぶん相場の2~10倍だ。「あなた、やさしいひとね」と言われた。金がなくなると、こわくなったのか恥ずかしくなったのか、俺はその場から逃げ出した。 

 いったい何やってたんだろう。後に石毛は、この時間の俺の行動を、思い出してはケラケラと嘲笑した。曰く「おまえトゥクトゥクの運転手のおじさんには、10B もけちるのに、ニューハーフにはあげほうだいかよ。」と。たしかにそのとおりだ。俺は何ともナイーブの人間で、この先もこれで失敗する可能性大だなあと思った。有り金がなくなったので、帰りに駅のATMでキャッシング。このとき気が動転してクレジットカードを落としたのかもしれない。














  1. 2007/03/25(日) 03:03:19|
  2. 生活記録
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無題

 うちから徒歩30秒のところに生鮮食品99円ショップができた。しかも24時間営業!なんというか、知ったときはもう狂喜乱舞だった。これでセブンイレブンへの依存から脱却できると。これで消費できる財の種類が増えて、効用が上がるに違いないと。
 実際そうなったが、いまいち生活水準はよくなってない。なんつうか商品の質が、いまひとつの気がする。

 今日その99円ショップにやきいもを買いに行って、帰ってきたら、ミハイル・シューマッハがエンジントラブルでストップしていた。なんてこった。一位を走ってたのに!
 ドラマにありがちなシチュエーションを連想した。ビジネスの最前線で戦う経営者におとずれる突然の病。白い巨塔で財前教授を斃したガン。F1レースは人生の縮図で、どんなにがんばっても、次の瞬間にはなにかが起きて、アウトになるかもしれないね。
 
 だからなんだってんだよ。



・四年来の知り合いであり、クラスメイトである人が司法試験に合格してしまった。いわゆる現役合格である。すこし感動し、また鼓舞された。
 資格試験やら、仕官を目指す人たちがややもすると落ち武者化するなか、かの人はいつも身なりをきちんと整え、図書館に遅くまで滞在し勉強していた。会えばたいてい笑顔で、Delightfulだったことは、今にして思えば「敬意」の二文字のほかに表すことばが思い浮かばない。また理科から法学部に転じての司法試験合格だったから、伝説というのは、案外身近にあるものだ。
  1. 2006/10/08(日) 18:45:24|
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大学四年の夏休みを省みて 二

 前回は脈絡なく書いたが、一言でいうと「ひきこもりは良くない」という意味だ。それが主旨。

 今回も思うままに書く。
 今年の夏休みを楽観的に評価しようとすると、まあネタもないことはない。まず大学の定期試験を上々にこなし、卒業をほぼ確実のものとしたこと。そして自動車の免許を取りにいき、これも獲得することが確定したこと。この二点が、さしずめ今年夏の達成だ。学校の試験だが、今学期は15コマ30単位を履修した。成績の獲得には七月から本当に苦心した。思い出せば7月下旬のゼミ合宿のとき夜中寝ずにレポートを書き続け、帰路などは中央道を走る高速バスのなかで揺れと戦いながらレポートを書いていた。酔いで相当気持ちが悪かったが、家に帰っても書き続け、その日の夜11時59分に送信ボタンを押したときは感慨ひとしおであった。9月1日から始まり11日まで断続的に続いた期末試験も、当初脳内で自らに向かい豪語していたほど準備はできなかったが、根幹部分を一通り復習し、始めて徒手空拳ではない状態で戦場に立つことができた。結果はこうだ。観光論という科目を放棄し、他の14科目28単位を受けて、すべて優の可能性が残された状態(というか俺は全部優とったつもりだ!)で9月を折り返すことができた。大学入学以来7度目の定期試験にして、初の快挙である。
 してみれば、免許合宿に2週間、試験とその準備に三週間かかっていたことになる。夏休みに入った7月21から今日まで計9週間あったが、実質的な可処分時間は4週間、試験の前後にそれぞれ連続して二週間あったことになる。・・・・・・・・やっぱどっかにいくか、なにかすりゃよかったー。ちきしょうー、自分のバカヤロー
 この夏が楽しかったかというと、まったく楽しくなかった。ヨチが企画していたオーストラリア旅行が企画倒れになり、どこにも行けなかった。じゃあ、と思ってパソコン環境の整備に手をつけたら、パソコン地獄にはまった。秋葉で1万円で中古のIBM Net Vistaをファイルサーバーとして購入したが、HDDの配置換え、OSの導入からネットワークの設定までトラブルが多発し、今一度手間取った。そして信じられないことだが、うちの環境はいまだネットワークに未解決の問題を一つ残している。もうあきらめた。久しぶりに帰った実家のパソコン環境の再整備も含め数十時間もかかってしまった。パソコンは本当にひどい。もっと使いやすくなるべきだと実感した。
パソコンを片付けると今度は映画アニメドラマ鑑賞のるつぼにはまった。これは前述したとおりのありさまだ。ゲームも三国無双をやりつくして、ゲームボーイのマジコンを取り出して再びやってみたりた。FFタクティクスは面白いが、途中でセーブデータが消えたときはむしろホッとした。そういえばいま、NDSL用にSuper Card SDなるものが台湾だか中国のメーカーから売られているようだ。なんでもSDメモリーカードにゲームを何本も詰めて、Nitendo DSでプレイできるらしい。SDカードに入れ動画ファイルもDSで見れるという。この手のグッズは本当に興味を惹かれるが、買うのは止そう。二年生の冬に講堂でGBA遊んでいたあのときの人生のスランプ(というかスリップ)には戻りたくないので、さすがに購入は止そう。11月のPS3も、購入しないことを決めておこう。

いま一番怖いのが卒論だ。これまでの経験から、この種の締め切りはあるがゴールはない作業で地獄を見るのは間違いない。なのに、今から準備し始めることができない自分がいるのは、今から戦の準備を始めてもこの戦に勝つことはできないとうすうす知っているからなのか。試験直前のあのなにも勉強できず、かといって楽しめず、いたずらに時間だけが過ぎていく気持ち悪い時代がすでに始まっているというのか。時々やるべきことをいっぺんにたくさん思い出して、恐ろしくなって冷や汗をかくことがある。大体出かける直前やシャワーを浴びた後頭が冴えたときだ。なんなのだろう、あの「しまったー」感は。まるで大事な約束をすっぽかしてしまったことに気づいた瞬間みたいだ。いや考えてみれば、「やらなきゃいけないこと」というのはそもそも過去の自分が未来の自分ととりかわした約束みたいなもので、それをすっぽかしてしまえば恐ろしくもなるだろう。正直、ゼミが始まるのが恐ろしい。新井ゼミも小林ゼミも。
  1. 2006/09/29(金) 02:13:06|
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大学四年の夏休みを省みて 一

 早いもので、もう9月が残り2日になり、夏休みが終わる。
 何日も前にスパゲッティを茹でて、そのままにして忘れていたらしい。今日鍋を使おうと蓋を開けて見たら、真っ黒のヘドロにところどころ白のまだら模様、そんな風にカビが生えていた。急いでトイレにもって行き流すと、今度は予想外の出来事が起きた。便器から黒い霧、とでも言おうか。非常に細かいカビの粒子だと思われるものが、キノコ雲状に立ち上ったのだ。驚いた拍子に一歩ステップバックし、こんどは冷静になって息を止め、シャワーヘッドをつかみ、急いで水をかけて消火する始末だ。1人暮らしをはじめてまもなく3年目なるが、自分史上前代未聞である。
  思えば、鍋の底のカビは案外おれ自身の象徴で、夏休み全体のシンボルかもしれない。結局この夏おれはなにもしなかった。どこにも行かなかった。部屋で停滞し腐っていた。かねてから自分が理想とする男性像の一つに、風の谷のナウシカのユパがある。ユパのような見聞と見識を蓄えた旅人が理想だ。なのに、この夏にしたことを一言でいえば、「引きこもりを極めた」ってところか。いまは何を隠そう、毎日11時に就寝して19時に起きている。またゲームと海外ドラマをしこたまやってしまった。ジョギングと買い物で時々外に出ていなかったら、ほぼ部屋の中でヘドロと化していたことだろう。この生活にも唯一利点があって、それはお金がかからないことである。涼しかったのでエアコンもつけず。おそらくエンゲル係数95%くらいの生活をしていたと思う。悪い点はそのうちなにをやっても面白くなくなるということである。見てる作品が悪いからなのか、それとも感覚が麻痺したからなのか。それでも、毎日大体、次の一話を見ることと画面を消して寝ることが無差別になるところまで見て、寝る。
 欝がどういう気分か知らないが、こういう体が動かず人にも接しない生活をしているとおのずと気分も冴えない。それで有り余る可処分時間があったにもかかわらずこのブログは書かなかった。久しぶりに再開したのは、すこし自分にムチを打つというか、見て消費してばっかでなく、なにかを作ることでリハビリしたかったからなのだ。できあがったものがすこしの達成感を与えてくれて、それが前向きに生きるための糧となる。本当なら伐採のバイトか大工仕事でもしたいところだったが豊島区近辺じゃひとまず不可能だろう。ともあれ労働の喜びを通じてヘドロから真人間に戻りたい気分だよ。
 あと正直に白状すれば、文章を公開することですこし自己顕示したかった。この文明の中心の片隅で、消え入りそうなほど希薄になった自分の存在感を再び示さん!、といったところか。笑
 ところで、生の体験である旅・人生には及ばないが、映像作品というのは疑似体験・追体験の手段としてはいいもので、手軽で便利だ。どこぞのネチズンの御仁が、「人生に必要なものはすべてを映画とマンガから学んだ」とまで言っている。(お前両親はいなかったのかとすぐ突っ込みたかったが)。とはいえ、実際に体験するのと比べてこの種の擬似体験は二つの欠点があると思う。第一に、画質音質が足りず、触角臭覚味覚に至っては全く提供しないことから、リアリティが劣るということである。第二に、(これは第一の欠点から生ずるものでもあるのだが)スクリーンの中のできごとを傍から漫然とみても、当事者意識が生まれにくいということである。どっちかというと、第二の欠点の方がより致命的で、当事者意識が希薄だと、生の体験ほど多くの経験値・成長も得られないのだと思う。こういう点、まだ小説などの方が没頭しやすく、作中人物の視点で思索にふけやすい。これは映像作品が文学に負けている点の一つとも言える、と思う。
 注意したいのは、ここで言ってる経験値とは、技能とか技巧とかの話ではない。技能とか技巧は当然、自分の手を使って実際にやってみなければ身につかないが、それ以外の「人生における判断力」みないなものも、実は見聞きするだけじゃ足りず、自分で場数を踏んではじめて身につくのだ、という話である。

 これを「現代の帝王学」の著者 伊藤 肇 風に言えば、知識、見識、胆識ということになるが、そんなの引き合いに出さなくても、あたりまえのことなのか、しらん。ちなみに胆識というのは安岡 正篤の造語で、見識+実行力というくらいの意味だという。

  なんだか書いてて後半にすごく話が跳んでしまった気がするが、果たして俺ではない他人が読んで理解できるのだろうか。 ち、続けよう。
  1. 2006/09/28(木) 09:46:36|
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