超 自 省 録

時事、日中関係、社会問題について。会社員、オタク、二ヶ国語をしゃべるやつが、書きます。

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このブログの今後の方針1 ~ビュブリック性とブログ炎上について~

ブログこそ、公開オナニーの最たるものなれ。

 世間の皆様のブログをみていると、二点ケチをつけずにはいられません。
・てめぇ自身がだれなのかを、すこし紹介しろ
・誰向けに文書を書いてんのかを、すこし考えろ

一点目
 著者がどんな人間であるかを明示することは、ブログに信用力を持たせるという観点のうえで、非常に重要なことだと思う。実名まで明かす必要はないが、簡潔なプロフィールは乗せるべきだ。やはり文章は、内容だけを見るよりは、書き手の実社会における立ち位置も知った方が、読者にとしては素早くそして正確にその文章が立脚する視点、および文章が持つ意味合いを把握できるだろう。
 ブログに限らず、作者のプロフィールは読者にとって大事な情報である。たとえば、本を手に取るとき、僕の場合、真っ先に著者のプロフィールを見る。これは考えようによっては色眼鏡ということにもなりかねないが、やはり時間が限られている中ですばやく判断に達するための、有効な経験則だと思う。偏見、ステレオタイプもこの同質の延長であるが、行き過ぎているがために一般的に良くないこととされている。しかし、プロフィールで人を判断するくらいことは、ビジネスの世界では常識であるし、社会通念にも符合しているのではないだろうか。

そういうことで、僕はプロフィールをブログの目立つ位置に載せている。しかし、先日ふと気づいたのだが、僕のプロフィールはすこし怪しい。笑。いや少しというかかなり怪しい。これまでの人生でも、自分じゃなかなかイケてるなあと思う文字列(文章)を生成して、他人からまったく理解されず???ハァと思われた経験は多い。このプロフィールに関しても、この類に該当するかもしれない。嘘はなにも書いていないんだがなあ。苦笑
 いずれにしろ、ブログの作者は自己紹介くらいちゃんとしておいた方が、読者に誠実な印象を与えるだろう。


二点目
 こちらの方が重要。ブログのターゲットとして、どんな読者層を想定するのか、ということである。ほとんどのブログは、著者の日記という形式もあいまって、顔見知りどうしのコミュニティとしての機能を立派に果たしている。それはとても有用で幸せなことなのだが、一つ根本的な条件を無視している。それはネット上にあるブログは誰に対しても公開されているという条件である。これにより、ブログの読者が「顔見知り同士」である保証はない。だからたとえば、もしブログに過激な内容を書いたとき、大勢の知らない人から批判や、便乗の荒らしが殺到して大変なことになる可能性がある。俗にいう、ブログ炎上である。
 
過激な内容を書くと炎上するといったが、具体的にいえばリスキーな内容は大別して四種類あると思う。
一、彼女・彼氏とどんな体位で何回セックスしたかとか、街で逆ナンパして/されて、持ち帰り/られてどうのこうのという、性的挑発性を帯びる内容。
二、OOOのイベントに集まったオタクキモすぎる、同じ人間? 精神障害を街で見かけて背後からどついたった!といった特定集団に対する攻撃や、反社会的な内容。
三、やっぱ亀田弘毅最強!皇室男子誕生で空騒ぎしすぎ!といった、思想信条の自由の点からして何ら問題はないはずだが、極めて少数派意見である内容。
四、メイド・カフェのOOちゃん萌えー、OXOXフィギュアを5体買い占めたけど、エロげーにでてきたのとちょっと顔が違うナリ!!といった、マニアックさ全開な内容。
 
 これがブログが炎上する原因である。以上の他にも、違法な行動について書いたかどうかという測り方もあるが、大衆の猟奇心の対象の種類で分類をすれば、およそ上記の四種類にに帰着すると思われる。以上に挙げたような内容が、なにかのきっかけで多くの人の目に触れた場合、ブログ炎上に発展する危険性がある。炎上する可能性としては一から四の順に大きいと思うが、実際三と四までもが炎上しちゃうと、すこし気の毒になる。二種類以上の内容を兼ね備える場合はほぼ炎上するとみて間違いないだろう。炎上がはじまるとブログ作者は以下の数段階を経験する。
I、 数百通のコメント、トラックバックでブログが管理不能になる。
II、 反論をしてみるが、ここで下手打つと火に油を注ぐことになる。
III、 ブログを閉鎖するも、あっちこっちに勝手に転載される。週刊誌やスポーツ誌などの非WEBマスメディアに載ってしまう。

そして場合によっては以下の末期症状に発展する。

IV、 反社会性が高い&個人が完全に特定される、という条件が満たされると、勤務先に抗議が行くことがある。
V、 勤務先に迷惑をかけるorやりづらいといった理由から辞職する。

 炎上をする過程では、さしずめ2chあたりで、一ならば「渋谷区鬼畜エロ大学生OOO」、二は「障害者暴行OO才会社員」、三なら「左翼売国奴なんとか」、四なら「35歳フィギュアオタ兼エロげー野郎」という風にパッケージ化されて、売り出されるだろう。売れるかどうかは、書いた内容の過激度とそのあとの対応次第である。謝るべきところは謝罪し、信ずるところは変節せずに説明し主張し通せば(悲しいことにそれが難しい場合も多いが・・・)、概ね火は静まるはずだ、と思いたい。
 なお、細かいことであるが、パッケージ化と売り出しがヒットするかどうかは、ブログ著者の職業、地位などにも関係すると思う。たとえば有名大学の学生、風俗嬢、教師、大企業社員、政治家をはじめとするあらゆる公職者等々は、引火もしやすければ、火の勢いもすさまじいだろう。また、個人情報がほとんど出ていないブログよりは、出ている方が燃えやすい。これは一点目で挙げた、「著者の出自をあきらかにすることで信用を得る」ということとトレード・オフになるが、結局のところ、普通の日記のつもりで書いていても職業や在住地くらいは伝わってしまうだろうから、自分で紹介してしまった方が誠実だというのが僕の意見である。とどのつまり、夕刊スポーツ誌の見出しと同じで、パッと見でどれだけ衆人の猟奇心をくすぐるかによって燃えやすさが決まると思う。


 ブログ炎上についていくつか有名なケースを紹介しよう。永久リンクのためにGoogleを使用したが、おおよそ一番上のサイトを見れば事足りる。
明大生 バキバキ
乙武 皇室
河童 盗撮


 なお、炎上と言うほどではないが、以下の二つの有名なブログは一時期、静かな燃焼状態にあったと思われる。
http://tokyoplayer.ameblo.jp/
http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/

 燃焼の材料は、おおよそブログ主のライフスタイルに対する羨望であると思われるのだが、この羨望がひとたび嫉妬へと変われば、あな恐ろし。このお二方のような方が、綱渡り的なブログ運用でミスをしないことを願うばかりだ。


二点目、つづき
 以上ブログ炎上について長々と書いて、すこし脇道にそれすぎた感もあるかもしれないが、実はそんなことはない。話の出発点は、「ブログの読者として誰を想定するか」である。炎上の段落を通して言いたかったのは、著者が誰を想定しようと、読者は日本語が読める全ての人間になるということである。しかも読者は全員匿名である。匿名の大衆ほど暴力的なものもなかなかないだろう。そうすると、リスク管理の必要性が生じるというか、ブログに書きたいけど書けないなあというジレンマが生まれる。これは多くの人が実感していることだろう。

 実際に、多くの人が思い悩んでいる通り、ブログはそもそも私的日記には向かないのである。私的日記か半私的な交換日記を書くならSNSの方がまだましだが、こちらとて守られた環境とは言い難い。
 ネットという世界は本質的なパブリックなものだから、ブログを書くことはテレビカメラの前でしゃべることと同質である。これが二点目に関する最終結論である。つまりブロガーは、日本人全員に向かってしゃべっていたのだ。

 (ここであえて内輪ネタを一つ。フランスかぶれのたくや君なら、パブリックのことをきっとビュブリックとニヤニヤしながら言うだろう。俺だけ笑)

 そういうことから、僕はつい数週間前から、オフラインで私的日記を書き始め、ストレス発散と記録の役割を担わせている。
 ところで、もうすこし話題を進めて、ブログのパブリック性と、公人としてブログを書くことの違いについて述べたいが、長くなったので、これは次回にまわすことにしよう。

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  1. 2006/10/30(月) 20:22:41|
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嫉妬というのも大事

 これは僕の持論ですが、己の弱点をさらけ出せる人は強い人です。自虐的になれる人も強いですね。だから社長は強い人だと思います。
 藤巻タケシさんなんかは、著書で自分の失敗談ばかりを書いていて、評価が分かれるところですが、僕に言わせれば本当に強いからこそできることだと思います。弱者は普通弱点を隠します。
 
 嫉妬というのも大事な感情です。他人の方が優れている場合、拍手を送りながらも、心中「けっ、がんばれば俺のほうが!」と、夜郎自大でもいいから思えることは重要です。それが覇気であり、闘志にもなります。しかし残念なことに、この歳になりますとそう思えないこと、分野も多く出てきましたね。自分が多大なる関心を寄せている分野であるにもかかわらず、最初から敗北を受け入れなければいけないのはなんとも口惜しいことですが、考えてみれば、もはやガキじゃないので、「無限の可能性」はもう秘められていないのも当然かもしれません。笑。そろそろ人生も、己の競技フィールドを見定める時期になったと思います。
  1. 2006/10/29(日) 03:21:16|
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時事コメント二点

・北朝鮮という毒矢を抜いてしまおう。
 頼んだよアメリカ。なるべく人的被害を出さずに、金正日を摘出してくれ。内視鏡手術みたいにピンポイントでさあ。今回また94年みたいに軽水炉かなんかを土産にやって、核開発停止を約束してもらったところでそのうち反故されるにきまってら。ならばいっそう根治しちゃえ。だれも反対はしないだろ。
 韓国は、親韓政権樹立+段階的な国境開放で北朝鮮を引き受ける用意はあるはずだ。いやむしろ50年?も統一省なんつうのを設置してんなら、引き受けれ。
 中国は北朝鮮を対米緩衝地帯としてキープしておきたいから反対するだろう、と言う人がいるが、果たし本当にそうか。思うに、中国は在韓米軍と接することを厭わないだろう。いや、それどころかたとえアラスカと接することになったとしても、中国よりもアメリカの方がいやがるんじゃないか。陸上戦は圧倒的に中国の方が強い。いや軍事力とかじゃなくて、死傷者負担能力の話だ。アメリカ軍で5千人、中国軍が3万人死傷者がでることを想像してみ?(人命の話ばっかであれだけどさ)そもそも陸軍の人数はかなり差があるし、戦争遂行能力=国内世論はどうなる? 最大の非民主主義国家の中国は米にとって、ベトナムよりははるかに手強いだろう。

 しかし、本当に戦争おっぱじまっちまうのか。



・全国の高校で業務大合理化
 最大の疑問は、授業を省略されたその間に世界史と美術の教諭はなにをしていたか!ということである。自宅静養でもしてたのかな?笑 
 あー、懐かしいな、うちの学校の世界史、あれだれだっけ?世界史はわりと好きだったんだけどな。ってなことをいっても仕方ないか。たしか単位制って俺が在学中に、一個下の代からから始まったんだよなー。そんで、単位制導入と平行して、なぜなのかわからんが、部活入らなくてもいいことになったんだっけー。

 いやー、この問題の根は深いと思う。大学が受験科目をどんどん減らしているのに、必要な教養といわれてもねー。昨今のこの競争社会にあって、使わない修行なんてだれもやりたがらないっしょ。解決はどっちから歩み寄るべき?いっそう高校の履修義務科目を減らすか。短期に的は、文部省は譲歩しないっつうか、卒業認めちゃえ!的なことはやらないと思うな。やったら日本人の柔軟性に驚くよ。笑 いやしかし、せちから世の中ですねー。
  1. 2006/10/26(木) 21:08:03|
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SoftBank Rocks ! ~日本ADSL神話~

 インターネットの昔話をしようか。
 ぼくが高校生のごろ(2000年前後)、NTTには「テレホーダイ」というサービスがあった。これはなにかというと、毎月1800円だか2800円だかをNTTに払えば、夜中だけインターネットにつなぎ放題になるというサービスだ。今思うと当時のインターネット環境は不思議だった。ネットしている間はずっと電話代が課金されるし、電話も同時に使えない。速度は恐ろしく遅かったうえ、接続するときにモデムカードからあの困った猫のような効果音が鳴った。つながるまで数十秒を要し、さらにいったんつながってもよく切れたりしたものだ。

 それでも僕は夜な夜なインターネットに自分のパソコンをつなぎ、夜中か朝方近くまで起きていた。毎日毎日なにをしていたんだろう? 普通にネットサーフィンをしていたこともあれば、ドメインを探したり、AOKで対戦したり、地元で仕入れた古本や秋葉で買ったPCパーツを、ヤフオクで転売しておこづかいを儲けたりもした。それからAngelfireやらi-driveやらにIriaを使ってアクセスしたりもしたなあ(この辺がわかるマニアはいるか!?)。裏では同時にFTPクライアントを走らせどっか個人サーバーと(Up対Downは3対1)という訳わからんことをやっていた。

 睡眠不足なので、次の日の授業は当然爆睡が多くなった。今思えば学業もおろそかになった。家に帰ってからは戦利品をチェックし、偽装解除したり、結合したりするのに精を出した。MP3をエンコードしたり、自分のウェブサイトやら、ネット上の人間関係とメールを書いたりもしたな。夜の23時になると、出航である。そう、テレホーダイは23時から翌8時までだった。いまでもよく覚えているし、一生忘れないだろう。僕はある意味、職業的インターネット漁師だった。

 このような昼夜逆転生活を自ら選んだことは間違いのない事実だが、実は、これはNTTのせいだという理屈も、一応通ることには通る。

 当時すでにADSLというものが出始めていて、ブロードバンド時代の幕が開けつつあった。もしADSLに加入できたら、ぼくの生活はずっと楽になっていただろう。夜の大半を起きている必要もないし、休日朝8時きっかりに起きて接続を切る必要もない。ネットは夕方にやればよかったのである。
 しかし不幸なことに、埼玉の片田舎にADSLはなかなか来なかった。記憶のある方もいるかもしれないが、当時ネット上では一種の「選民現象」が始まっていた。すなわちすでに安くて快適なブロードバンドの恩恵にあずかれる一部の人間と、まだ高くて不便なナロー・バンドを使わなければいけない他の人間に分かれはじめていたのだ。基本的にはブロードバンドは人口密集地から徐々に開通していったのだが、地域によっては鉄道の線路を隔てた向こう側が開通でき、こっちはできないということがざらにあった。ネット上の掲示板では
「OXOX地区がADSL開通したらしいよ!」
「うちはまだか!」
「あ~~~はやく来てほしい、NTTは何やっているんだ」
「ISDNさえなければ・・・・」
という書き込みがあふれ、人々は苦痛に耐えながら救世主を待っているがごとくだった。
 
 どうして初期のADSLはなぜ、なかなか普及しなかったのだろうか?それは技術的、社会的原因が複雑に絡み合っていたからだが、一言で言うと








NTTのボケナスがADSLの普及を遅らせた
 (関係者の方、反省しろ!)


ということになる。
 具体的にNTTは二つの行動をとった。
1.第一に、NTTは、ADSLではなくINS64(一般に言うISDN)というサービスを推進していた。ADSLとISDNは技術的に共存できず、規格争いとなった。鬼畜NTTは当然自社規格のISDNをスタンダードにしたかったのだが、この争いは今日のHD-DVD対BD、昔日のVHS対βと違う点が一つある。それはISDNは性能面から言って、ADSLと比べて100倍くそだったということである。速度はADSLの100分の1以下だったし、料金も高かった。たとえて言うなら、馬糞とコンビーフくらいの差である。ドキュソNTTは馬糞を缶詰にして、消費者に広めようとしたのである。「味の違いわからんだろ」とでも思ったのだろうか。

2.消費者にとって不幸なことに、馬糞企業NTTはなんと、独占企業だった。電話線をすべて握っていたのである。だから規格争いでは負けるどころか、お上のごとく君臨したのだ。当初、他の会社がADSLサービスを展開したくても、NTTの電話交換局で「設置作業」をする必要があり、そして当然のごとくNTTの許可が必要だった。するとその結果、ADSLをしぶしぶ意に反して牛歩のごとく自社でも展開するNTTと、それよりもさらに遅い速度でしか許可を与えてもらえない他のADSL業者とが、ADSLサービスを供給することになった。

 日本でADSLの普及が遅れたのは当然であろう。全国のネットユーザーがまだかまだかと、コンビーフ缶を首を長くして待っていたとしても、しばらくの間、馬糞を食べるしかなかったのである。



神様・・・・はやく・・・はやく・・・


ADSLを・・・




 鳥取県に住むある白血病の少年がそう唱え、ADSLを心待ちにするネットユーザーが日本列島でちょうど300万人に達した夜、彗星が夜空を切り裂き、白馬に乗った救世主が現れた!その男は2m近い長身、筋骨隆々で、髪の毛はサイヤ人のように豊かだった。男の名は 孫 正義 という。


Yahoo! BBを率いてやってきた孫正義がとった行動は三つだった。
1.まず総務省に抗議しよう。
それ以前にもeアクセスなどのADSL業者が、「NTTがばかでまぬけのくせに不当競争をする」と総務省に提訴していた。とうとうNTTに対して行政指導が入った。

2.価格競争をしよう。
そう言って孫正義は料金を下げた。他社が追随した。

3.とりあえず大風呂敷を広げよう。
そう言って孫正義は自軍の人員を拡充し、街頭でADSLモデムをタダで配布させた。この光景はみなさん記憶に新しい通りである。 
 しかし広げた風呂敷が大きすぎて、さすがのYahoo BB!軍内にも混乱が見られた。それでも、情勢をみたNTTは焦りだして、フレッツ!とかぬかしつつ自社でもADSLサービスに本腰を入れはじめた。



 そして、ADSLが普及し、神話の時代が終わりを迎え、日本はブロードバンドの時代に入った。


時は2006年。今のネット環境は快適すぎて、もうあのときのことの現実感が薄いほどだ。振りかえって見れば、ADSL暗黒時代は、経済的不均衡が調整される一時的な現象だったといえる。巨大独占企業が消費者のニーズを無視し、需要と供給の不一致が発生したが、市場メカニズムによって調整されたのである。
 しかし、その調整の過程を遅らせようとした既得権益者と、速めようと果敢にチャレンジした者がいる。あの数年間を高校生パソコンマニアの黄金期として過ごした自分としては、前者の愚行は許し難く、後者には感謝するばかりである。思えば日本のインターネット・インフラの発展を阻害したNTTは、万死に値する。ぼくの睡眠時間を奪っただけでなく、もしかすると、僕が超ウィザード級国際的ハッカーになる可能性をも低めたのではないか、と想像すると、今でもも怒りが収まらないことも、まあなくはない。


時に2006年。あのとき長身マッチョであった孫正義も、時の流れには抗えず、チビ禿げおじさんなり、次の挑戦をしようとしている。

 今回SoftBankが、値下げ競争というもっとも原始的だが有力な手段を使い、携帯電話業界における寡占体制をベルトラン競争に変えようとすることは、まぎれもなくすべての消費者に利益をもたらす挑戦である。これがもうひとつの神話となることを願おう。

寒梅は風雪に耐えてはじめて咲くという。小泉純一郎も、20年も郵政民営化を唱え続けたからこそ、最後に支持を得られたのだろう。孫正義の志が再び見えた今、賛同する者として加担する用意は、ある。




  1. 2006/10/24(火) 20:40:16|
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論座、中央公論から諸君まで

 昨日のF1ブラジルグランプリ見てると、Mシューだけ個人テロを受けてるというか、そういう印象だったな。笑 
 でも客観的に振り返れば、どのドライバーもそんな不運に見舞われた時期はあるだろう。ミハイルがかわいそうというのは、同情がうむ主観的な印象ですね。

 さて、今日はいわゆるオピニオン誌について書きます。
 どこの大学の図書館にも、市中ではあまり見かけ雑誌がたくさんおいてあるものです。東大の総合図書館の場合、1階の左奥にそういうコーナーがあります。僕はたいてい筋トレあとの休憩や勉強前の休憩?にそこに行ってオピニオン誌を読むのが好きです。オピニオン誌てのは、政治・社会をテーマにした記事が主なA5サイズの月刊誌で、具体的には以下の5冊が主です。なお、今回ばっかりは、読んだことのないひとにはピント来ない話かもしれません。


・諸君!
 文芸春秋が発行元。この雑誌をはじめて読んだときにとても驚いたことを覚えています。その論調のあまりの右翼・煽動っぷりは、僕が「良識」だと思うおもの範囲を完全に超えていました。いまでも時々読みますが、数ページごとに目を丸くするような記述があり、まさにどきどきモノです。中西輝正という人は、(リベラルが定番の)大学教授でありながら、どこぞの漫画家をも超えた超右翼野郎です。またこの雑誌は残念なことに、全体的にスポーツ誌の風格をも備えちゃっています。上記リンク先のWikiの言葉を借りればこうです。

 斎藤貴男は現在の諸君!を「月刊2ちゃんねる」と評している。これは主義主張が2ちゃんねる上で日々行われている反アジア・反リベラル・保守回帰の書き込みと同質である事に加え、毎月の特集の組み方自体が、2ちゃんねる同様に閉塞的自同律な状況で繰り返されている事をあてこすったものである。
 なるほど、これは言い得て妙だと思いました。しかし2ch並に楽しいのはいいことかもしれませんが、オピニオン誌としてはどうだろう。保守であることは、元来難しいことです。このレベルで発行部数3位、保守の旗手とは困りますね。


・正論
 産経新聞発行。保守の旗手というのならこちらかもしれません。「日本人の成人男性のほとんどが運転免許を持っている今ならいくらでも兵站線を広げられ中国全土を占拠できる!」と言っている諸君に比べ、多少なりともというか、かなりましです。
 しかしやはり読んでいて、快適ではありません。諸君の煽動風味の楽しさがない分、まじめに肌に合わない論調を読まなければいけないからです。ごくたまに、勉強だと思って読んでいます。


・中央公論
 最初に見つけて、手に取ったのがこの雑誌です。本棚の目立つ位置に置いてあったからです。ぼくがいまのところ一番読んでいるのもこれです。
 諸誌のなかで、取り上げているテーマとか、それに対する掘り下げ方がいちばんうまく、いちばん中身がある雑誌だと感じます。ただ、書き手の7割が大学教授、そしてさらに5割が東大関係者であることに、一抹の不安を覚えます。こんなにhomogeneousでいいのかと。なおこの雑誌は一般的に中道だと言われています。
 ところで余談ですが、ある日筋トレのあとで疲れていたが、妙にあたまが冴えて読むの早く、30分で中央公論を読み終えたときはすこしうれしかった。笑



・論座
 by朝日新聞。論調も当然似ています。報道ステーションが間延びして、バカっぽくなってからは(もっともこれは僕がニュースステーションの時代から年をとったからそう思うだけなのかもしれません)めっきり見なくなりましたが、論座の文章は読んでいて快適です。
 しかし一方で、こんな快適さにどっぷり浸かってていいのか?という心配もあります。なお、この雑誌は公称5万部発行ですが、近年の右傾化のあおりを受けてか2万部弱しかでていないようです。詳しくは下のランキングをみてください。


・世界
 戦後のリベラリズムの旗手と言われたこの雑誌はいまや絶滅の危機に瀕しているらしい。買う人がいないからだそうです。
 本棚にあるのを見たとき、表紙のあまりの地味さからてっきり文芸誌か宗教誌かと思って手に取りませんでした。岩波書店系だったとはね。この会社は岩波文庫というナイスアイディアを発明したからなかなか好きよん。今度読んでみます。

 

日本雑誌協会発表データーより
正  論 産経新聞社 93,271
諸 君! 文藝春秋 81,667
中央公論 中央公論社 42,333
論座  朝日新聞出版社 19,125



この数字はいかがでしょうか。ファミ通とAERAが25万部、FRIDAYが46万部、日刊ゲンダイが150万部であることを考えると、そもそも小さい気もしますね。


ところで個人の政治的位置について考えてみますと、左か右か、というのはあくまでも相対的なものである気がします。僕を例にとれば、論座と中公を快適に読むくらいですから、世間の中では左よりの部類に属することになります。しかし、自分のまわりの大学生を見回してみますと、どいつもこいつも
非現実的なくらいなほどのリベラリストで、あきれます。だから僕は大学の中では右寄りだと思います。大学という磁場のなかでは、そもそも保守はかっこう悪いことかもしれませんね。

 さらにいえば、政治的位置の軸は本当に一本なのか、右か左かという一次元で表せるのか、という基本的な問題もあります。これは友人の記事、円形だろからヒントを得たモノですが、政治的立場というのはあくまでも多次元であると思います。
 たとえば僕個人に関しては

対東アジア:親中、親韓  左
憲法:  改憲(自主憲法制定に関する国民投票に)賛成 右
格差:  容認  右てか市場原理主義者
靖国:  理を通せば参拝賛成。しかし大局を見ると反対。どちらともいえないね。

さらにアメリカの政治イシューに関しますと

教育: 公立学校にもっと予算をつぎ込むべし  左
対外: アメリカの影響力で世界に自由と民主主義を! 右つかネオコン
銃規制: 銃所持は違法化すべし  左
妊娠中絶: 中絶は個人の自由  左
進化論者かcreationist: キリスト教のそういうところが嫌いつうか宗教は嫌いじゃ!左

 以上のような感じです。僕個人の人生体験により、世にも珍しい政治的立場になったのかもしれません。しかし世の中変わってる人間なんていっぱいいます。そういう人たちのn次元ベクトルを、左か右かの一次元にエンコードしようとすると、情報のロスが大きく発生します。
 

だから一概に、左か右か、というのは難しいですね。
  1. 2006/10/24(火) 11:39:48|
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雑感四件

一週間近く、同じ画面を放置して、無粋でした。
書きたいことは結構あるのですが、きちんとかく気力も余裕もありません。このまますぎれば忘れてしまうことですし、ちょこまかに書くことにします。



・正しい本選び
一冊の本を読んで、なにか一つでも心に響いたものがあったら、その本は正しい選択だったといえる。この箴言を読んだとき、内心「なるほどなあ」と思ったものだ。しかしすこし経つと、どうもしっくり来ない。よくよく考えてみれば、本の選択にはやはり善し悪しがある。世の中のたいていの本なら心に響くことが十くらいあったかもしれない時に、一しかない本を選んだとしたら、それはやはりミスチョイスである。
   時間は有限であるから、なにごとも「結果がプラスであればいい」という訳じゃない。比べる対象はゼロじゃなくて、他に可能であった選択肢だ。他の選択をすることによる得べかりし利益というか、機会費用と比べて初めて正誤がわかる。企業も人も、一般なる結果を超えた結果、超過リターンを挙げてはじめて正しい選択をしたのと言えるだろう。



・参入と退出
 ずいぶん前のことになる。ライブドアによる日本放送買収でが世間が騒ぎ、「ホリエモンのやり方は正しい、正しくない」で世論が沸騰していた時だった。日本経済界の大物、あの馬顔の経団連会長の方が、本質をズバッと射抜いたコメントを発したことがあった。

「残念なことに、我々はやがて死にゆく運命にあるから、若い世代とはよく対話しなければいけない。」

 この文、あれから何度も心の表面に浮かんでは沈む。これの後半を言う人は世の中に五万といるが、なぜ世代間対話しなければいけないのか、理由がなかった。いや「経験とスキルを伝授して」とか、「世代間で協力しより良い・・・」とかゴチャゴチャ抜かす人はいたが、「古い世代はやがて死に、いなくなる」という大元の原因を明示する人はいなかった。
 企業も人間も、参入しそしてやがて退出する。それが永続性を生み、システムは生命となる。来年春からやっと、このビジネス社会に参入しようとしている青二才の僕が、初陣を前にして去りゆく老兵の気持ちを想像してみると、なかなか感慨深い。
 そう、最近になって、子供が生まれたらとか、自分が死ぬ時とかのことをよく妄想する。なかなか楽しい。これも捕らぬ狸の部類に入るのだろうか。笑



・人間
言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ。それでも私たちは信じている、言葉のチカラを。ジャーナリスト宣言。

朝日新聞の広告

これさあ、「言葉」をそのまま「人間」と読み替えた方がおもしろいというか、個人的に好きだな。笑



・判決の一撃
社会というものを、猛烈な速度であてなく転がる巨大な鉄球だと例えると、判決というのは打ち込まれる杭のようだ。判決が生まれた瞬間、鉄球は一撃加えられ、方向修正する。その影響はその後永きにも渡り、実に強力だ。
 友人で工学部のK氏とは、会うたびに技術者の不遇さについて語った。今回の技術者社員VS日立の件で最高裁判決がでたことによって、経済環境の不均衡が解消されようとしていることは確定的となった。技術者は今、底値に来ているかもしれない。

  1. 2006/10/19(木) 02:34:18|
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If you see something, say something.

★見た人はみんなやるバトン★

※見た人は絶対にやること!!
----------------------------------------------
見ちゃったら諦めて下さい。
人であろうとなかろうと、諦めが肝心ですよ。
でわ、さっそく・・・     
----------------------------------------------

★最近のマイブームは?

筋トレ

★最近買った一番高いお買いモノと安いお買いモノ

高いもの:中古のIBM PC

安いもの: きなこ棒

★最近ショックだったこと

いつまでたってもあの人とあの人とに嫌われているらしい

★最後にお酒を飲んだのは「いつ・どこで」ですか?

水曜日にいっちーんちで

★最近始めたいな…と思う勉強は?

卒論

★ボーナスの使い道はどうしますか?

たぶん車

★年末年始の予定は?

フル稼働で卒論
 
★大好きな少年漫画を5つ

火の鳥
寄生獣
ドラゴンボール
沈黙の艦隊
浦安鉄筋家族(元祖になってからは面白くない)

以下補欠
サンクチュアリー
ベルセルク
タッチ
はだしのゲン


 
★今、何時ですか?

1620

★最近とても嬉しかったこと

体型、体脂肪率がすこし改善

★好きなゲームは?

PS2:三国無双エンパイアーズ Ⅲ および同IV

PC:
Star Craft, Diablo II, AOE, AOK, Unreal Tournament, Sim City
 
★部屋にポスター貼ってありますか?それは誰ですか?

一時期本棚の隅の壁に、毛沢東を張っていた。
いまは都内区部の詳細な地図を張りたい。

★ストレス発散法は?

ONN、ジョギング

★座右の銘は?

国破れて人間在り
酒池肉林 不屈不撓
一視同仁 低脂肪高蛋白
修身斉家平天下
語不驚人死不休
為人民服務
 
★世界中で一番大切なものは



★当たってる!と思った占いの結果

占い、血液型、星座の類は迷信であり信じません。
 
★北朝鮮をどう思いますか?

抜いた方が良いのか分からない矢

★ヤバいっ!やっちゃった…。っておいおい何したの?

卒論が遅れた。
 
★愛ってなんですか?

さっき言ったろバーロー
   
★神ってなんですか?

人間のこと。

★得意料理は何ですか?

カレー。
一回で10リットル作って冷蔵し食いつないだ時期がありました。

★あなたの取り柄は?

いろいろ言いたいが、とりあえず身長。
 
★子供のころの夢は?

科学者か国家主席

★一番最初に好きになった子の名前は?

んー、最初、好き、の定義が難しいところだなー。
とかいって答えないと小物に思われるだろうから


 小学校で 宇さん
 中学校で 黄さん

日本に来てから
      Sさん



★何フェチ?

いろいろ言いたいが、とりあえず髪。
つやつや系というか、金属光沢のある髪がよい。


★お気に入りの歴史年号を覚えるための語呂合わせは?

お気に入りの歴史年号?あんたバカぁ?


★今年を表す漢字をひとつ!



★お国自慢を1つ

どのくにを自慢すりゃいいんだ。
中国も埼玉も、人口かな

★好きな色は?

車なら銀
服は黒か、赤
インテリアはナリュラル系か白
 
★どんな能力でも手に入れられるとしたら何がイイ?

全知

★身長は何cmですか?

長いよ。6フィートちょうど。

★あなたが今一番「逢いたい」人は誰ですか?

カッコウをつけた意味はなんだ。
案外答えづらいってか、いないね。逢いたい人。


★今年やり残したことはありますか?   

ありすぎ。オセアニア旅行。あとナイト・クラブに行ってみたい。

★今、食べたいものは何ですか?

太らなくておいしいもの

★寝る前に必ずすることは?

体重を量る
 

★大好きなあのひとに一言!

You are the top.

★一日誰かになれるとしたら誰になりますか?

スーパーマンで。

★今の下着の色は?

柄トランクスなので色は多様

★自分の前世は何だと思いますか?

自分

★今一番欲しいものは?

インセンティブ、モチベーション、Enthusiasm

あ、あとフルHD(横1920ドット以上)の液晶パネルかな。

★好きな異性の服装は?

服装?

★一番最近送ったメールの内容は?

「いまゲオの前にいるんだけど、直進?」

★旅行に行くならどこに行きたい?

ニュージーランド
アイスランド
東欧

★明日何する?

いちげんの計量経済。初回だしそもそもあるのかどうかすらわからん。(後記:結局起きられませんでした。)

★去年の自分に一言

お疲れさん。おまえいくら気を抜いたからって、一気に体脂肪をつけんなよ。
 
★自分の好きなところを3つあげてください

非常識
自尊
好奇



★好きな季節は?




★携帯の機種は?

AUのW41S
携帯を使ってJRの改札とおってます。

★オススメの映画作品を1つ

七人の侍 
みんな意外に見てないでしょう

★「あ」で始まる、最初に頭に浮かんだ有名人

あいかわ なんとか

★つぎの休日の予定は?

土曜日

★好きな音楽のジャンルは?

B'z系
 
★好きなディズニーキャラクターは?

どれも同じようなもんですね、僕にとって。
ぷーさんで

★いま神様にひとつだけお願いできるとしたら何?

小さいごろの両親に、いろいろおれの育て方を指導してくれ

★初めて会う異性の最初にみるところは?

笑顔かどうか

★好きな曲は?

Calling 
Move

特にギターがカッコウ良いと思います。
 
★やってみたい髪型は?

総髪
(故橋本龍太郎さんのように)

★最近ドキドキしたことは?

原付に乗っているとき、街中で警官をみかけて

★今、恋してますか?

いいえ

★恋の醍醐味は?

ウキウキ?

★好きなタイプ

かしこいひとです。結局

★今の生活の気分は

今の生活の気分て日本語おかしくねーか?

★最近見た夢の内容はどんなものでしたか

エロゆめ
 
★最近遊んだのはいつ・どこで?

まあ、10月1日にクラスメイトと御嶽山にハイキングにいきましたわな。

★今、財布のなかにいくらある?

1万ちょっと。それと信用

★あなたのエロさについて語ってください♪

普通レベルですが、外向的表現になりがちで、過大評価につながっている。

★好きな楽器はなんですか?

ハーモニカーかな
 
★最近見た映画はなんですか?

七人の侍

★最近マイブームな曲は?

マイブームは和製英語です。Personal Tasteとでも、言いましょうか。


★好きな歌詞は?曲名・アーティスト名も


QUEEN

"Tonight, I'm gonna have myself, a real good time....I feel ali- ai- a- live.
And the world.... is turning inside out yeh
Floating around in ecstasy"


AEROSMITH

"Sing women, Sing for the year, sing for laghter sing for the tear.
Dream on, Dream on , Dream on till your dream comes true"
B'z の「ねがい」と似てるね。


BILLY JOEL

"Honesty...is such a longly word"
"Up town girl, she's been living in her up town world"



KISS

"Room service, baby I ....?"

"She is Cancer, a romancer
I'm Capricone and she's a Cancer.
She saw my picture in the music magazine
..... I said, baby baby don't you hesitate, cause I just can't wait......Common and love me, Comon and love me"


★今月の目標は

充実してすごしたいです。
具体的には計画並みのアウトプットを出すこと。

★一人の時間の使い方

英語ドラマ 映画 ゲーム 録画したテレビ番組
映像の消費が多い。


★最近がんばってること

暴食を制御


★どうしてもゆずれないこと

オンリー・ワンとはナンバー・ワンのことです。


★最近地味にキレた事

ないねー。

★昨日の晩ご飯は?

オリジン弁当

★自己PRをしてください

中国語を話します。

★人生の転機は?

たくさんありすぎ。思えば転の連続でした。

★後悔とは?

甘美な妄想への逃避?


どうも、ブログ作者の超旅行人です。
がらにもなく、バトンをやることになり、お目汚し失礼つかまつった。
 このバトンは、浦和高校の後輩にあたるO君から回ってきました。回ってきたというよりは、彼のブログを見たときに踏んでしまい、仕方なくやってみようと思ったのです。が、やってみると

  あんま面白いバトンじゃない

 ということがわかりました。本当にすいません。
 しかしO君はわが浦高卒業生のなかで、まさに質実剛健 昌文尚武を地でいく、僕一押しの男でありますから、まあ一応やってみました。彼の日記は、非常に簡潔でおもしろいのですが、簡潔すぎるがゆえになかなかその人柄を知らないことには情報を抽出することができません。なお余談になりますが、O君の元カノもかなりの上玉です。笑  みてらっしゃいますか?


 失礼。
 
 題名は、以前ニューヨーク地下鉄で見た犯罪抑止のポスターにあった文言です。なかなか良いと思いましたので、拝借をしました。
  1. 2006/10/12(木) 03:41:04|
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文章を書くことの重大さ

 最近書いた記事の中で、僕は二つの間違いを犯した。

 まず一つ目は、「神と子と聖霊」を「神と子と精霊」と書いてしまったこと。     新世紀エヴァンゲリオン感の文中で
 二つ目は、ドラゴンボールの登場キャラ「ヤジロベー」を、「やじろうべ」と誤記してしまったこと。 群から抜きん出るということの文中で

 一つ目の間違いはWikiを読んでいるうちに自分で気がつき、二つ目は指摘されて気がついた。どちらに関しても、気づいたとき非常にはずかしくなり、赤面汗顔するほどであった。あまり多くの人が見ていなかったことをただ祈るばかりである。
 
 そんな小さなことで、と思われるかも知れないが、書くことにおける錯誤というのは、実にはずかしいことだと思う。そして許されることではないと思う。
 文章を書き間違えるとはずかしいぞ、というのが本章の主旨である。しかし本論に入る前に、やや長ったらしくなってしまうのだが、もう二つだけ例を挙げよう。


例、一つ目
 すこし前に、O.J.Simpsons事件(アメリカを震撼させた殺人事件)を検索して、たまたま法医学とか解剖に関する日本語のウェブサイトに行き着いたことがある。そのサイトをしばらく読んで、なかなか分かりやすく、興味深いなあと感じていた矢先のことである。文章の中から

Martial Arts(格闘技の一種)

という文字列が目に飛び込んできた。
僕は驚き、目を丸くした。ぼくの記憶が正しければ、Martial Artsは武術一般を指す英語である。それを格闘技の一種と勘違いするのは、・・・・・、間抜けにもほどがある。

まてよ、自分が間違っているかもしれない、と思ってWikipediaを調べてみたが、やはり自分は間違っていない。この瞬間、自分がそのサイトに対する信用は一気に失われた。もはやいくら専門的なことを書いていても、分かりやすく面白く書いていても、信用する気にはなれない。

 おそらく僕がこの種の間違いに対して過敏だということはあるかもしれない。しかし、僕だけではないようだ。



例、二つ目
  これは大学のある先生がした話である。
「・・・この方面の専門書というのは、なかなか日本語でイイのがなくてねー。全部英語の本になっちゃうわけ。そんであるとき、フッと本屋でみたら、OOXX先生が書いた訳書があるわけ。手にとって見るとなかなか良くできていて、オレも教材に使おうかなと思ったけど、よく読んでみるとZZZYYYの日本語の訳語が間違っていたわけ!もうおれはその瞬間に、幻滅してしまって、もぉーーーーーこりゃいかんと、がは、ガハハハ 笑」

 この話を聞いたとき、なにを隠そう内心すこしうれしかった。どうやら文書における錯誤に非寛容なのは僕だけではないと分かったからだ。


 僕は、漢字の国で生まれ育った人間なので、実は昔からよく誤字に気づく。一日中テレビを見ている日などは、必ず一回以上は誤字に気づいたんじゃないかな。もっとも最近のものは、9月に放送された「行列のできる法律相談所」の、島田紳助の発言のテロップ「おれ全国に輩下がおるからな」、である。普通に変換すれば配下としか出てこないはずなのに、不思議に思ったものである。
 新聞は比較的に間違いが少ないが、月刊誌などはひどいものである。特に高校生のとき読んでいた音楽とパソコン関係の雑誌は、漢字の間違いが本当にひどかったことをいまだに覚えている。指摘の手紙を書いたとしても、直るような量ではなかった。
 
 こういう経緯で自分は、てにをはの抜けとか、入力変換ミスのような軽度な間違いの類には大分寛容になったと思う。それでも「主席」と「首席」の間違いなどは、油断ならず、「ひょっとしてこいつバカ?」と作者のことを半分疑いながら読み進めずにはいられない。
 ことの極めつけは、文頭に挙げたMartial Artsと聖霊のような例である。この種の間違いはあきらかな誤認識に基づいている。読んでいると、もはや軽蔑とは違った、どちらかというと「問題外」に近い感情になる。


 なるほど文章を書くことは大事である。しかしなぜ文章を書くにあたって間違いを犯してはいけないのだろうか。考えてみると、理由はいくつかあると思う。

 第一に、文書を書き間違えることによって、間違った世界認識があらわになってしまうことである。
 ことばは、我々人間が世界を切り分け、認識し、操作する道具である。人間とは所詮ことばをインプットしたりアウトプットしたりするブラックボックスである。つまり、われわれが「人格」とか「知性」とかと呼ぶものはことばであり、さらに極端にいえばわれわれが「山田さん」と呼ぶものは、山田さんのことばである。
 して、ことばは人間そのものであるということができ、ことばの間違いはその人間の間違い、欠陥であると、すこし言えるのではないか。 (弱気御免) 
 

 第二に、(これは厳格に第一の理由から異なるものではないが)間違った世界認識が引き起こす、信頼の損失である。
 我々人間がこの世界における営みのほとんどは、認識作業であり、認識後の操作作業である。ただでさえ複雑にして多層的な因果を認識すること、そして時にその因果をも超える不確実性を操作することは難しいのに、なんの助けにもならない間違った世界認識などにかまけている暇はないのである。 つまるところ、あれやこれやと苦闘しているときに、ことばを間違える人間に付き合う暇はないということである。


 第三の理由は、文書という特殊な形態にある。
 同じことばであっても、文書は音声と違って、即興的に生まれる必要はなく、また即座に消えたりはしない。言い換えれば、文書が出来上がるまでに要する時間は任意であるし、出来上がった後にはほぼ永久に残る。これにおいて間違いをきたすことは、平たく言えば、「自分のペースで、永遠に残る作品を作ってみたが間違えてた」ということである。これは生き恥をさらすことそのものである。

 以上より、文書を書くということは極めて重大であり、間違いは極力避けるべきであるといえる。
 
 
 ところで余談になるが、ことばづかい一つで人に敬意を抱くようになることもある。それは多くは会話の場合に起こるが、文章の場合も少なくない。最近の体験を挙げれば、雑誌ゲーテ11月号のなかで村上龍が書いていた「伝説」ということばに対する定義がそうであるし(秀逸すぎて不正確な記憶をたよりに再現することは恐れ多く憚られる)、同誌同号のなかで石原慎太郎が書いた手記におけることば遣い、「なぜなのか」がそうであった。後者は、僕なら間違いなく「なぜか」と書いたところを石原氏は「なぜなのか」と書いた。些細すぎる瞬間だが、不倶戴天の敵をすこしばかり尊敬した瞬間でもあった。

 このように、文書の内容の専門性あるいは啓蒙性によってではなく、文書自体によって作者を尊敬するに至る経験も、まれに存在するだろう。そして思うにその多くは、文章の読み手が以前より「なんとなく認識してはいたが、うまくことばで表せなかった世界のあり方」を文章の書き手がズバリとことばで表してくれた場合か、あるいは読み手がかねてより「なかなか上手いフレーズなり。本質を突いているなあ」と思っている表現と一致するような表現を書き手が使った場合かのいずれかである。この二つの場合に読み手は書き手に対して好感を抱く。
 他の場合はないかって?いやー、あまりないと思う。なぜなら人間というのは、前準備なしに、自分にとって目新しい理屈(世界認識)を即座にappreciateすることはなかなかできない。それは自分を超えたものを瞬時に理解し、評価する行為であり、なかなかできたことではないと思う。だから、これを応用して、就職の面接の場では(ほかの場面でもそうだが)面接官の世界認識をズバリ射抜くようなことば・フレーズを話すことは、さしあたり良い評価を得るのに効果的な手段だろう。共感はすなわち評価につながるのである。


 最後に、(もう十分書いたかもしれないが)僕が文章を書くことに対する姿勢に関してひとことを言うと、僕は臆病である。より深く突っ込めば、必要以上に自尊心が高いということになるかもしれない。ともかく、このブログで間違いを書いてしまうことをなによりも恐れ、そのためには自分で見直すことはもちろん、常識人の友人にチェックを依頼している。そして、このブログに限らず公開文書を書くときには、常に用心して書いている。
 だから、もしあなたがこのブログを読んで、「けっこう手が込んでるなあ」とか、「作者、なかなか賢いやつだな」と思ったとしたら、それは僕が用心した結果を読んでいるからであり、本物の作者はもうすこししょぼい。
 もしこのブログをよんで、「くだらない」とか、「作者アホだな」と思ったとしたら、本物の作者はより一層アホである。
  1. 2006/10/10(火) 20:21:01|
  2. 雑感、随筆
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無題

 うちから徒歩30秒のところに生鮮食品99円ショップができた。しかも24時間営業!なんというか、知ったときはもう狂喜乱舞だった。これでセブンイレブンへの依存から脱却できると。これで消費できる財の種類が増えて、効用が上がるに違いないと。
 実際そうなったが、いまいち生活水準はよくなってない。なんつうか商品の質が、いまひとつの気がする。

 今日その99円ショップにやきいもを買いに行って、帰ってきたら、ミハイル・シューマッハがエンジントラブルでストップしていた。なんてこった。一位を走ってたのに!
 ドラマにありがちなシチュエーションを連想した。ビジネスの最前線で戦う経営者におとずれる突然の病。白い巨塔で財前教授を斃したガン。F1レースは人生の縮図で、どんなにがんばっても、次の瞬間にはなにかが起きて、アウトになるかもしれないね。
 
 だからなんだってんだよ。



・四年来の知り合いであり、クラスメイトである人が司法試験に合格してしまった。いわゆる現役合格である。すこし感動し、また鼓舞された。
 資格試験やら、仕官を目指す人たちがややもすると落ち武者化するなか、かの人はいつも身なりをきちんと整え、図書館に遅くまで滞在し勉強していた。会えばたいてい笑顔で、Delightfulだったことは、今にして思えば「敬意」の二文字のほかに表すことばが思い浮かばない。また理科から法学部に転じての司法試験合格だったから、伝説というのは、案外身近にあるものだ。
  1. 2006/10/08(日) 18:45:24|
  2. 生活記録
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本を三冊おすすめします

最近読んだ本の中で、すばらしかった三冊をご紹介します。



希望格差社会
面白さ 高  為になる 高

 これは昨年就職活動中にたまたま手にとった本で、当時思い悩んでいた僕はこれを読んで、目からうろこどころか、めんたまが落ちるところでした。人生についての示唆を得たし、とても晴れ晴れとした気分になる本でした。この本によって僕の考え方が形成された部分は、小さくありません。
 この社会に蔓延する閉塞感、ギスギスした人間たち、過剰の競争と未来に対する不安。そのゆえんを知りたいと思う人、その全体図を見たいと思う人は、ぜひこの本を読んでみるといいと思います。学術的にしっかり書かれているので納得するし、なによりも、非常に読みやすい。僕は一気に完読しました。社会学に対する興味も大いに沸く本です。ぜひ、就活生のみなさんにお勧めです。





 
財政学 神野 直彦
面白さ 高   為になる 高
 
 教養を身につけるための読書とは、この本のことを言うと思います。財政学の内容はミクロ、マクロ経済学、金融学、社会哲学、政治学へと多岐に渉る。その紹介が本書です。
 特筆すべきは、本書は大学の教科書であるにもかかわらず、とても面白いという点です。おそらく大学四年間僕が見た中で一番面白いでしょう。とはいえ、やはりその辺のノウハウ書よりは骨があり、知的好奇心をもって読み、かつ著者の神野先生の情熱を感じながら読んでこそ、この本の世界に没頭することができると思う。なお、数式が苦手でも大丈夫ですが、漢字が苦手な人はちょっときついかもしれない。





bokuno-rirekisyo.jpg


ボクの履歴書 北村 克己
面白さ 高  為になる 高

 一代筋肉バカ、そして努力の天才、と同時に真の意味での天才、若くして夭折したボディー・ビルダー、マッスル北村氏の自伝的エッセイである。
 残念なことに、雑誌の増刊という形式で出版されているせいか、アマゾンで買うことはできない。上の出版社へのリンクで一応オンライン購入することはできる。1500円。
 
 本書には北村氏こういう話がある。
 「中学のとき、毎日河原に遊びに行っていた。するとあちこちに石がごろごろ転がっていて、大小形さまざまなものがある。
  その中から一つ持ち上げて、他の石をぶつけると、大抵どちらかの石が割れたり、欠けたりする。それを毎日ずっと続けていると、とうとうどの石にぶつけても割れない最強の石を見つけてしまった。僕はそれを家に持ち帰り、空手チョップで毎日割り続けた」

 肉体の強さを追い求め続けた彼のエピソードとしては、TVで話してもいいくらいおもしろい話だと思う。

 「その石は結局割れず、我が家の漬物重石として活躍している。何年もたって帰ってみると、当時ボクがマジックで書いた字はまだ消えずに残っていた。『無限力』と書かれていた。」

 彼の人となりをよく表すエピソードである。彼の人生に関しては、いろんな見方ができる。最後に筋トレしすぎて死んだ彼から、学ぶこともある。
 PS.東大の御殿下のジムには、本書が一部置いてある。
  1. 2006/10/05(木) 11:05:58|
  2. 見た本、映画
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黒澤明 作品鑑賞記

七人の侍
評価 星五つ
 
 いわゆる名作は、期待が高い分だけがっかりさせられることが多いが、この作品は期待した以上にすばらしかった。本当に面白い映画で、最初に寝転がってみていた僕も、中盤から思わず起き上がって画面を食い入るように見ていた。かなり感情移入もしていた。
 ストーリーは一言で言うと、7人の義勇軍がある村を守るために戦うというお話。本質を一言で言うと人情、もしくはヒューマニタリアンニズムかな。脚本の書き方がうまく、シンプルな構図で物語がスタートするが、どんどん深みが増し、見る者を引き込む。さらにストーリ内容がユニバーサルというか、どの国のどの時代に設定を変えても不自然ではないようなことで、おそらく世界中の人々が見ても理解に苦はないでしょう。僕はずっと、このセリフは英語に訳したらこうなるだろうと、考えながら見ていた。

 この映画の欠点をいえば、DVD音質・時代・なまりの三重苦で、セリフ内容を十分に理解するには日本語字幕ON必須なことだ。また、斬りあいの場面は、今日のアクション映画を見慣れたわれわれの目には、物足りなく映る。しかしそれはそれでかえってリアルなのかもしれない。
 終わってみれば、なにかを学んだという感もあるが、それ以上に楽しませ、感動させてくれました。まさに映画の中の映画、星五つです。
  1. 2006/10/04(水) 23:55:54|
  2. 雑感、随筆
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Charles Chaplin 作品鑑賞記

Arm Shoulder
 1919年に製作された短編。チャップリンが従軍して、いろいろ面白い動きをする。多くのチャップリン作品に共通のことだが、この作品は常に面白いというよりところどころ面白い。たとえば突撃の時梯子を登るシーンとか、化けた木が人間に逆襲する瞬間とかは、間違いなく笑いの神が降臨するだろう。

漫画を書くことによって意思伝達し、あらゆる種類の記録、創作を文字ではなく漫画によって残すようになるかもしれない。漫画といえど、台詞なしじゃ無理なんじゃないかと思われるかもしれないが、チャップリンの初期の作品を思えばいい。伝えられるものは多かろう。

未完記事
  1. 2006/10/04(水) 20:02:19|
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追記:原チャリの免停についてのメモ

 原付バイクで、免許停止処分をくらった人、あとすこしでくらいそうな人のために経験談を書いておきます。

1.免停は、出頭して始めて効力が生じる。出頭するまでは運転しても無免許運転にはならない。なぜなら手元に免許証があるからだ。
2.出頭日が過ぎたり、ずっと出頭しないでいると、新しいハガキ(出頭日も新しく指示)が一ヶ月おきに送られてくる。なお、僕は放置していたら三回も来た。
3.最終的には「出頭しろ」ではなく「お前はすでに死んでいる」(あなたの免停が始まりました)というハガキがくるらしい。これ以降運転をするとやばい。とは言うものの、どう考えても警察は免許の情況をリアルタイムで照会する術を持っていない(チャリ所有者の照会はできるくせにおかしな話だ)ので、違反で捕まったときに手元に免許カードさえあれば、無免許かどうか分からないんじゃないかなー?・・・。いずれにしろ、これは不確かな情報だ。なるべく頃合いを見計らって、海外旅行とか、原付に乗らない時期に免停を受けると良い。

4.免許停止処分が決定してから、出頭するまでの間に、運転をして交通違反を犯すと、一点でも大きく響く。僕の場合、以前の記事で書いた四回目の違反で6点→7点となったが、停止期間が一気に30日から60日に伸びました。
5.免許停止処分が決定してから、出頭するまでの間に、上位免許(二輪や四輪自動車の免許)を取得すると、違反点数が帳消しになる、といううわさがありますが、これは完全にうそです。このグレーゾーンの期間に自動車の免許合宿に行った僕の経験から言いますと
   5.1  まずこの期間は、免許合宿所が受け入れてくれないでしょう。理屈上、まだ出頭してないので免停状態ではないのだが、合宿所の人は警察が怖い、卒業しても仮免が出ないかもしれないとかあれこれ抜かして受け入れたがらない。強いて頼み込むと、あっちこっちに電話しはじめて相談をする。おかげで山形の合宿所まで行った僕は、あやうく「日帰り旅行+合宿キャンセル料数万円の損失」という憂き目を見ることになるところでした。このときは契約違反をほのめかしつつ泣き落としで何とか話をつけてもらいましたが、考えれば本当にあぶなかった。事態がどっちに転んでもおかしくなかった。よくがんばって食い下がった!おれ。
   5.2  次に、山形の合宿所を無事卒業して、江東試験場に学科試験を受けに行ったとき、二通りの可能性が出てきました。すなわち第一、原付の免停の出頭;第二、四輪自動車の学科試験受験です。出頭をすると免許証が没収され免停が始まるので、当然学科試験は受けられなくなります。このときごまかして受験のほうに突撃しようと思いましたが、やはり警察が怖かったので、悩んだ挙句出頭の方の窓口に行き「あのぉー、実はこの間に自動車の免許取っちゃって・・・・もしできたら今日その学科試験を受けたいんですが・・・これ、生活がかかってるので、なんとかお願いします」と言ったら、窓口のおじさんはは慌しくあっちこっちまた問い合わせだして、結論は受験OKとのことだった。これはグレーではなく、制度上OKということらしい。ただしその日に試験に落ちると、翌日以降?の出頭という扱いになって?(なんだかよくわからい日本語を話してた)、60日の免停期間が始まり、それが終わってはじめて四輪自動車の学科試験を受けられることになる。
   5.3  これは負けられない戦になった、と思った。この日の試験は、背水の陣で臨み、九死一生の思いで合格したぼくですが、「併記免許」(警察用語、原付と自動車が併記されている)の免許証を手にすることはできません。なぜなら上位免許に合格した場合でも、原付での免停期間がそのまま上位免許に移植されます。というわけで、やはり原付に乗るのも車に乗るのもしばらくお預けです。


 終わりに
 結局の警察の魔の手というか、免停から逃げられませんでした。この制度、むかつくほど良くできています。
 原付はその速度、重量、大きさから、交通事故で加害者になることは他車種に比べて少ないのに、同様にその速度、重量、大きさから警察にとって止めやすくつかまえやすいため、取締りを受けやすい。これは実に弱いものいじめであり、腹立たしいことであります。
 しかい、考えてみれば僕は、スピード違反で捕まって以来、確実にゆっくり走るようになりました。後続車にクラクションを鳴らされないように40km以上、しかし警察につかまらないように45km以下に速度をコントロールするようになりました。60kmで走っていたときと比べて、ガードレールや電柱にぶつかっても、少し死ににくくなったでしょう。取り締まられた人間は、いつでも「このくそ、事故も起こしていないのにナンセンスな!」と思っていますが、取締りの意義もあるのでしょう。

  原付自転車に乗る人は、間違いなく弱者だと思います。道路上でも弱者ですし、毎日乗ってるやつなんてのはまあおおかた、経済的にも弱者です。結局僕たちは、すこしの利便性のために、他の車にクラクションでいびられながら、警察にびくびくしなら毎日通学、通勤しています。このどうしようもない情況を変えられないのなら、自分がより集中して、注意深くなるほかにないすね。
  すべての原付ライダーにグッド・ラックです。
 
  1. 2006/10/03(火) 08:39:25|
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F1上海グランプリのドライバーズ・インタビューから

 おはようございます。一昨日、昨日とも朝五時に目が覚めてしまいました。パソコンをつけて何しようかと迷い、真っ先にHDDに録画したF1のレースを見ました。
 今年の5月くらいから、にわかF1ファンの僕ですが、昨日10月1日に行われた上海グランプリ決勝には目を見張りました!

 まず、前日の予選から、レースは大波瀾の様相を呈していました。誰の予想をも超えた激しい雨天に、あのミハイル・シューマッハがあわや第一次予選で落ちるというドキドキの展開。しかし他のBタイヤ選手が落伍するなか、それでも6位に踏みとどまったのがミハイルの底力。対して青いチーム・ルノーは好調の1,2位通過。ちょっと顔が大きめの王子、アロンソさんが天才的なラップタイムでポール・ポジションといいますか、決勝戦最前列スタートを勝ち取りました。

 10月1日、決勝当日。路面がぬれて、小雨が降ったりやんだりという誰にも読めない天候の中でレースは始まりました。6位からスタートしたミハイルは1人また1人確実に抜き、レース序盤には3位につけて青色の車体の二つ、フィジケラとアロンソを虎視眈々とねらっていました。

 路面は少しずつ乾いていき、いつウェット・タイヤからドライ・タイヤに交換するのかと各チームが慎重に機をうかがうなか、最初に賭けに出た山本、クビサは、交換したドライタイヤが路面を噛まずスリップ多発・コースアウトしまくというの憂き目を見ることになりました。二人が一周の後すぐさま再びピット・インしてタイヤを元に戻すという無様な様子は、他のチームにとって価値あるWarningとなりました。

 対して、フェラーリ・チームは完璧のタイミングで給油、タイヤ交換を行い、ミハイルをサポートしました。ミハイルも堅実な走りではあるが、機をのがさない一瞬の追い抜きでそれに答え、残り10週のところで1位に立ち、とうとう優勝してしまいました。
 終盤では、狂戦士のごとく猛烈に追い上げるアロンソにも動じず、12秒のリードを質に、ゆっくり慎重に最後の7週をまわりました。優勝した後は、少年のような笑みで喜びをあらわにするミハイルでした。
 

 今回の試合は、二人の頂上対決・新旧の世代交代という前後の文脈もあって、今シーズンの中でもっともドラマティックなものになりました。そしてこれを終えてシーズン通算116点と同点に並んだミハイルとフェルナンドは、残り二試合で雌雄を決することになりました。次の一戦は日本、鈴鹿。8日日曜の昼にテレビ放送されます。



 ここまで一応レースを説明してみました。


そして僕がもっとも感銘を受けた、試合後のインタビューからです。


1着 Michael Schumacher:
"Looking back some while ago, it's quite a miracle that we are there, but thanks to the great work out from everybody, from us, we managed...."

 今シーズンの不調から、なんとかここまで来れたことを「奇蹟」だと言っています。


2着 Fernado Alonso:
"タイヤを交換していなかったフィジケラとシューマッハがすごく速いペースで迫ってきて、僕のリードが消えたんだ。
and after that, because we were in the disadvantage positon, we took the race, hopefully we lead?, we tried to put the dry tire to find a miracle, but it was too late."

 アロンソさんは英語が下手で、僕も下手なので、前半の英語が聞き取れませんでした。でも大事なのはセリフの後半です。「(ミハイルよりも早く)ドライタイヤに交換し、奇蹟が起こることを待ったが、時すでに遅し」ということでした。


 なんということでしょうか!彼ら二人のセリフに共通して出現した"MIRACLE"というキーワード。これが最高のレーシング・ドライバーのことば遣いか。これが彼らの世界認識の仕方なのか。
 強者とは、偉大なる自然の不確実性の中から、自分がほしい結果をつかみとることのできる者だと思うが、そんな彼らにとっても、自分たちの力よりは奇蹟のほうがはるかに強力ということなのでしょうか。
 もはや多くは言いません。それほどこの世はGreat Uncertaintyに包まれていたようです。




  1. 2006/10/02(月) 07:53:03|
  2. 見た本、映画
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