超 自 省 録

時事、日中関係、社会問題について。会社員、オタク、二ヶ国語をしゃべるやつが、書きます。

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タイ80時間の顛末 下

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二日目は、みんなでいっしょに朝食のバイキング。そしてアユタヤへ。朝8時半に10分ほどおくれて、JALが手配してくれたガイドのおじさん、孫ガンホがやってきた。ライトバンで1時間くらい移動し、最初に着いたのは、王の別荘だ。いい場所だった。次ぎは日本人の入植跡。日本人のおっちゃんがやってるおみやげ店の安心感で、つい買い込む。次ぎに行ったのが寺院みたいなところで、金箔がなくなった涅槃がある。ビルマとの戦争に負けて、はがされていったらしい。

そのあとホテルのロビーでバイキングの昼食。孫がうざいくらいに、これは食べるとおなかいっぱいになっちゃうから、損しますとか、これは高い物ですから食べた方が得ですよとか、お節介なアドバイスをしてくれていた。このあたりは韓国のガイドのおばさんとおなじだな。バイキングは本当にうまかった。特にココナッツカレーとタピオカと甘いピーナッツ餃子が。客は日本人と欧米ばかりだった。


飯のあといったのが・・・象乗り。500バーツと高い感じがしたが、新鮮で楽しかった。そしてそのあと行ったのが・・・たぶん世界遺産。思ったより規模は小さいが、本当に「遺跡」って感じで、よかった。夜ライトアップするためのハロゲンランプが整えられて他が、いくつかは壊れて木の葉が中に貯まっていた。現代の設備まで遺跡になるようだ。  そしてまたなんとかの寺院にいって、木にとりこまれた仏像をみて、 帰路についた。


帰りの車の中で1500バーツのツアー代を請求されたが、買い物やらなんやらでだれも手持ちがなかった。そこで、孫さんは、一生に空港での両替のレシートを出させ、それより少し良いレートで両替することをオファーしてくれた。ついでに移動中にムエタイとニューハーフショー(もう一つの劇場の)の手配もしてくれた。それぞれ1850B、800Bと、市価より150と200も安く、である(このことを彼は20回は強調した)。しかしもともとこの国の市価というか、言い値は、本当の価格だとは思えず、両替にしてもそうなのだが、孫が幾分かまたサヤを抜いているのは間違いのなかった。とはいえ僕たちはどうせだれかにぼられるのだから、これらの親切なオファーに対しては、もう孫が有能だと他に言うことはなかった。車内ではしばらくお札が飛び交った。孫は高速度路の手前で、「皆さんトイレは?」といってから、自分一人でウンコをしにいった。しばらく時間がかかり、これが有能な彼の最初の失点だった。



ホテルには5時くらいについて、めっちゃかわいい子が二人、ムエタイのチケットを届けに来た(今考えるとこれは不思議なシステムだ)。しはらって、みんなでお金をおろしに行くと、このとき俺はVISAカードがなくなっていることに気づいた。いそいで部屋に戻って探したがなく、ホテルロビーでVISAのなんらかのセンターの電話番号を聞いたが10分しても出てこなく、再び文句を言っても焦る様子もなくいま問いあわせてますと、どこでさがしてんだよぼけと思いつつ業を煮やしたおれは、インターネット使用券を買いWEB検索で1分で番号をみつけ、ロビーで電話してもらいカードの使用を止めてもらった。この一連の過程で、この四つ星ホテルのレセプションにいるのは、a bunch of idiotsであることが判明した。かれらは英語をかろうじて解する物の、自らはほとんど話せず、またサービス精神というものがなく、態度だけはどっしりしているから偉そうにさえ見える。このホテルはハードウェアがなかなか良かっただけに、ウェスティンかどこかが買って、運用した方が良いなと思った。


問題が解決してから、三人部屋で小休みを取ってビールをのみ、6時半にムエタイに出かけた。出かける直前に1Fロビーで声をかけられ(毎回タクシー?マッサージ?とか言ってくるあいつらははたして本当にホテルの従業員なのだろうか・・・・)、ムエタイはいかがですか、1800バーツでお安くしますよと・・・、おつ。 会場について、席は確かに、孫が20回は強調していたように、リング際の一等席だったま。わりは欧米ばかり。すぐ前はフランス人の親子四人家族のようだ。試合は・・・最初は興奮してみていたが、なれ合いであることが判明するまで、それほど時間はかからなかった。最終試合をのぞき、全試合赤コーナーチャンピョンが勝った。顔面めがけてのパンチやキックはなく、ボディにこれ見よがしの膝蹴りばかり。スリップダウンにも観客はいちいちどよめき、格闘技というよりはパフォーマンスぽかった。石毛は退屈のあまり、口をあけて寝ていた。一生は評論家ばりの批判をしつづけた。盛り上げるために、三人でで変動レートで賭をやったのだが、結局僕が300バーツほどまけて、石毛が小勝ち、一生が大勝した。俺は一生と石毛の間に立って、アービトラージをとろうとしたが、逆アービトラージになってしまっていたと気づいたのはDoneしたあとだった。このたび二つめの失点にも石毛は死ぬほど笑った。こやつは昨日のチップの一件から本当にバカにして笑ってくるそして、アゴを前に突き出して楽しそうに俺のまねをする。そんなにしゃくれてねーつの。


四時間の観戦のあと、石毛と一生は市内にあるというクラブに行くという。福西と高桑はもう疲れてやる気がなく、おれはやる気はあったがクレジットカードを落としたせいで一銭もなかった。だから、この三人はホテルに帰って、休むことにした。














三日目になるともうやる気がなかった。この日でかけるときににそもそもカメラを持って行かなかった。一生から1000Bを借りたが、それだけもって出かけるわけにはいかなかった。だから一人でホテルに残って、のんびり日光浴しながら、あるいは豪華なロビーのソファーでくつろいで本を読むことにした。プールサイドで、染めたブロンドの二人組にナンパして失敗してるドイツ人の中年を見かけた。笑 失敗の仕方が日本人そっくりだったーー顔を見合わせて、クスクス笑いの半無視。プールサイドは、曇りぞらから太陽が顔をのぞかせた瞬間、たちまち暑くなる。欧米は日焼けをしていたが、おれはたまらなくなり、二時間でロビーの方に避難する。モルガン家は記述が前後しすぎる節があるが、予想以上におもしろい本だ。金融というもの全体についてもっと勉強しなきゃ、と思う。昼になると高桑がロビーにやってきて、しばらく話し、彼はマッサージに出かけた。一生と石毛と福西は朝からパタヤビーチに行った。四時までのんびり楽しく過ごせた。 


  5時過ぎにSiam駅で合流したときの話によれば、マッサージは普通に気持ちよく、ビーチはあまり栄えていなかったらしい。昨晩のクラブの話を聞くと、目が眩むよなかわいい子がたくさんいて、ほとんどが娼婦だったという。話しかけてきたアラブの観光客によれば、やりたければなんとかというところにいけば二時間で2千バーツらしい。奥菜恵そっくりで、本人よりかわいい子がいたという石毛の話を聞いてると、こっちまでそわそわしてきた。でも結局奴ら現金がそれほどなく、そして日本人観光客の女の子のナンパをねらって行ったわけで、なにも起こらずに帰ってきた。そんなん感じでみんなでデパートの7Fでご飯をたべ(このときも俺と高橋はまわりのかわいい子ばかりをみていた。)、アジアホテルのニューハーフショーに移動。そしたらロビーに孫ガンホがいて、びっくりした。またもやしつこいほどの世話焼き、出しゃばりのこのおじさん。ショーは・・・・前回のMANBOと同じくらいなレベル。演出家がいるとしたら、MANBOの方を俺は支持するな。合理的でより観客のニーズに応えようとしてる。

ショーのあと、ナイトバザールに行った。タクシーのなかで一生がやりてぇーよと連発。そりゃそうだ。バンコクに来て、かわいい子ばかり見かけてはきたが、みんなオナニーの一つできていない。バザールでは、買い物意欲がどんどんわき、四人とも買いまくった。このナイトバザールはおすすめだ。結局現金がたりず、最後に一生から500B借りてチークの花瓶を買いに行こうとしたら、もう店が閉まってた。ホテルかえって・・・水を飲みながらすこし三人部屋の方でだべり、寝た。









四日目
四泊五日と銘打つこのたびの最終日は、朝5時に起こされ、ホテルロビーへ。部屋にデジカメの充電器を置き忘れる。この旅のおれの最後の失点(ほとんど服をもっていかず福西に短パンを借りたのも失点のひとつか)。空港へ。チェックインカウンターの行列が、遅いこと遅いこと。この国の人間は事務処理能力が低いのか、やる気がないようだ。空港で高桑が買い物をするといって、もってるバーツの残りを売ってやろうかと思ったが、それじゃたりないから、とかバカなことを抜かして彼は、二万円をわざわざ両替して、さらに千バーツ余らせ、成田でもう一度円に両替するという快挙に出た。おれは持ってるスイスあーみナイフがセキュリティで引っかかり、バゲージクレイムで受け取ることに→五つ目の失点。


そのせいで最後に搭乗し、荷物が棚におけず。というか俺以外にも荷物が置けない乗客がいた。JALの機体はくそだ。くそだ。古いせいか荷物置きのトランクは狭いし、個人用液晶もなければ、トイレも古い。こんなのでなぜNorth Westより高い金をとる。つぶれろ。飛行機の中では最初は爆睡し、飯のあとは福西の論文の英訳を手伝った。集中と偏西風もあいまって、時間があっという間に、成田に着く。ぐだぐだして移動していると、なぜなのか、京成線に乗る段になって石毛と福西とはぐれた。帰りの電車の中では一生と、というよりかは一生がずっと仕事の抱負みたいな話をしてた。あっという間に過ぎた。池袋まで三人いっしょだったので、立ち食いそばを食い、分かれた。


家に着いてからは・・・家に着いてからはなにしたかな・・・・OOOーを3回して、ジョギングして、本を読んで寝たとおもう。 言葉が全く通じない外国に行くと、いろんな予想しえぬイベントが起こる。そのときにどう対処するかで、各人のいろんな考え方、資質が見えてくるし、また自分のいろんな短所も見えてくる。これは一人バックパッカーでは得られない経験だ。今回の5人はバラバラな個性、本当におもしろかった。おれからみたMVPは一生だと思う。各方面に気配りしながらも、自ら努力し積極果敢に攻め、かつ失点がほとんどなかった。次点は福西だ。保守的に守り抜き、良く人の意を介しやさしさ担当だった。次は、高桑だ。ガイドブックを神の書と信じ、日系デパートと免税店で買い物をし、羽目をまったくはずさない姿勢は40代のお父さんそのものだ。最後は石毛だ。こやつはひょうひょうとしてやわらかな態度とエロい心を持って旅に臨んだ点で評価に値するが、二日目からおれの愚行をいちいちケラケラ笑っていたので、問題外だ。今回は他のゼミの旅行について行ったが、自分のゼミの韓国旅行よりは明るく終えることができた。
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  1. 2007/03/25(日) 03:22:03|
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タイ80時間の顛末記 上

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朝学校に行って筋トレしたものの、時間が足りなかったため、またもやベンチプレストとけんすいとスクワットの三種目しかできず。しかもロッカーの鍵を落としてさらに時間をとられることに。タクシーを捕まえて日暮里へ。成田について、旅立ち前の明るい気分でみんな談笑した。高桑だけ初対面だが、前馬評のイメージとちがって、さわやかというかイケメンという印象だった。しばらく話すとまじめなやつだと分かった。

JALははじめて乗ったが予想外にしょぼかった。マレーシア航空のようにゲームとか娯楽設備もなく、ASIANAのように雑誌がそろっているわけでもない。飯がうまいわけでもない。本を持ってきていないのでなにもやることがない。飲み物を運ぶ回数ばかりが多くて、トイレに行く回数も多くなる。飛行機の中でラッセルクロウが主演する、ロンドンのボンドトレーダーが、フランスのシャトーを相続して引退するという映画を見た。この男は本当に幸運だな。バンコクに着いてから両替して(案の定両替レートは1バーツ3.3円と成田の4.0円より良かった。途上国の通貨は現地で変えるのが鉄則だな)、PRINCE PALACE HOTELに夜12時頃着く。韓国の時よりはずいぶん豪華なホテルだ。というかこんな程度のホテルに泊まるのは人生ではじめてかもしれん。

夜は、もう休むという高桑をのぞいて四人で外へ繰り出した。夜中の二時を回るにもかかわらず、衣類の卸売り場であるこの界隈の異様な活況と熱気に驚き、またおそるおそる屋台で買い食いをして、うまいと口々にいった。途中でポンビキにも会い、遠く入り組んだと通りのところを眺めれば、ミニスカートの足がたくさん立っているではないか。潔癖性?の、日本から来た大学生のぼくらは瞬く間に歩き去った。今思うと入ってみて器量と相場くらい聞いておけば楽しかったのに。夜中三時くらいにホテルに戻る。明日から、この旅の実質的な三日間がはじまる。












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一日目は、バンコク市内の王宮に行った。トゥクトゥク(三輪車タクシー)と初交渉、120B(400円)で市内まで載せてもらうことに。王宮は・・・観光客がアリのようにうよめき、綺麗に補修されていて、怪しい表情のと動作の像がいっぱいあった。このごろから一生と観光客を観察しては「やっぱ欧米はかわいいよね」と何回も言ってた。なにしろバンコク市内は、人口の2割は欧米人かというほど観光客が多かった。一生は、「俺結婚するなら絶対にアイビーリーグ」と訳の分からない願望を話していた。「おれドイツ人か、ドイツ系スイス人と結婚したい」と僕が呼応した。

王宮は半ズボンなどラフな格好では入れないが、タダで服を貸し出してくれる良心的な着替えところがある。後に旅を通して思ったことだが、タイのトイレは(すくなくとも観光地のそれは)予想以上に綺麗だと言うことだ。中国のトイレよりはずいぶんましだ。王宮のあと、寝涅槃を探して市内をあるいていると、防衛省前の公園のあたりで親切なおじさんに会う、どこいくんだい、から会話が始まり、そのうち、トゥクトゥクの相場は30分あたり10Bだよー、君たちぼられたね、市内観光ならおれがトゥクトゥク呼んでやるよと言ってくれた。さあて、これがカモ五匹の旅のはじまりだった。トゥクトゥク二台に分けて乗った僕らが、最初に連れて行かれたのが市内のなんとも人工的な寺院。そこで偶然敬虔な仏教とのタイ人インテリにあい、しばらく英語で話して、市内ツアー中だというと、君たち大丈夫かいいくらとられたんだい?と聞かれ、40バーツで周遊と答えると、怪訝な顔をして、それはなんとも安いねと言った。 次ぎに連れて行かれた場所で安さの秘密が判明した。着いたのが、スーツの仕立屋だった。本カシミヤのスーツだよ!安いよ!日本の3分の一の値段よ! いや、学生だからいらん。 お父さんにプレゼント、よろこぶよお! お父さんおらん。→笑  シルクのスカーフ、女の子にあげると十倍好きなってくれるよ!  内心「なに、十倍も好きになってくれるのか!」と一瞬でも思った自分がなんとも可笑しかった。スカーフ一枚2000Bだという。高杉だろ。トゥクトゥクの運転手に不満を表して、出発する。次ぎについたのが「Tourist Information 」とデカデカと書かれた、いかにも公的っぽいイメージを装った旅行業者のところだった。この時点でカモであることがはっきりしたわけだが、一応アユタヤやアンコールワットに行きたいというニーズはあったので、入ってみて相場を聞いてみることにした。そうすると、結果アユタヤへは、バン一台を運転手つきで5000B→値下げ後3500Bで借りられることになった。考えてみれば運転手は日本語を話せないだろうし、向こうで何がどうなるのか、なんとも怪しい。アンコールワットは一人11000Bをふっかけられた。結局「考えておきます。また来るかもしれませんから住所と電話を教えてください」というと、かたくなに拒否された。「あなた方ははなんでも分かっていらっしゃるようですから、もう私たちは必要ないでしょう。他のところにいけばきっともっと安いツアーがあります」と。なんだよ、通報が怖いのかよ。笑   トゥクトゥクに戻り、出発。次ぎについた中規模の人気のまったくない寺院では、なんとひとまわりして戻ってくると、二台のトゥクトゥクがもういないじゃないか!しばらく探してみてもいない。俺たちが金にならないカモだとみて、切り捨てたのだろうか。笑 見事な手際だ。  


暑いなか、しばらく歩き回り、やはりトゥクトゥクを捕まえて、値段交渉をがんばり、ワットポーに行った。涅槃を見て、Siam 駅前に行き、食事した。高級店の部類に入る店にいったが、結局一人1000円も行かなかった。うまかった。非常によかった。  食後ツアー担当者の現地人ガイドに連絡してみると、電話に出ない。JALツアーの番号にかけると日本人がでて、丁寧な対応してくれた。アンコールワットの現地ツアーは一週間くらい前からでないと不可能のこと、そのかわりアユタヤのツアーを一人2400Bのところを、(現地ガイドが連絡着かないお詫びに?)1500Bで特別に手配してくれるとのこと。日本語ガイド、車、昼食、入場券付きだなので、かなりお得に思え、お願いすることにした。旅を通じてこのときだけJALに感謝した。 

それから二手に分かれた。石毛と一生と俺はぶらぶら歩きもといかわいい子ウォッチング。高桑と福西はあろうことか日系デパートに買い物にいった。バンコクは本当にかわいい子が多い。みんなシンプルだが、おしゃれな服を着ていて、清楚にしてセクシーという感じだ。「ぜったい日本よりかわいいよ」と一生にいうと、「ここはたぶん青山とか原宿みたいなもんだから、当然だろう」 なるほど、日頃北池袋と本郷、ときどき秋葉原にしか出没しない井の中の俺が驚くのも不思議はないな。7時になるごろには、全員くたくたに歩き疲れていた。高級デパートにはいるとGUCCIやらHERMESやらのショップがいっぱいいっぱい。この町もまた大都市。8時から電車にのってニューハーフショーへ。MAMBOという劇場だ。ショー自体は良くできた学芸会レベルというか、大学の学園祭に毛が生えた感じだが、ニューハーフは本当に綺麗だった。びっくりするほどしろくなめらrかな肌、はみ出す胸。しかし全体的にお客はあまり盛り上がらず、最後に至っては拍手する人もほとんどいない。一生と二人で懸命に拍手した。ショーが終わって、外に出るとキャストたちが並んでいた。目が合うと、ドレッシーな彼女たちは「ぼうや、こっちおいで」と言わんばかりに笑顔で手招きし、飛んで火にいる俺。ハグされ、いっしょに写真を撮ると、日本語でチップをとと要求された。わけわからず緊張していたおれは、財布の中身を一枚また一枚取り出して、有り金が空になるまで配った。最初の一枚が500B、あとの数枚は100B、たぶん相場の2~10倍だ。「あなた、やさしいひとね」と言われた。金がなくなると、こわくなったのか恥ずかしくなったのか、俺はその場から逃げ出した。 

 いったい何やってたんだろう。後に石毛は、この時間の俺の行動を、思い出してはケラケラと嘲笑した。曰く「おまえトゥクトゥクの運転手のおじさんには、10B もけちるのに、ニューハーフにはあげほうだいかよ。」と。たしかにそのとおりだ。俺は何ともナイーブの人間で、この先もこれで失敗する可能性大だなあと思った。有り金がなくなったので、帰りに駅のATMでキャッシング。このとき気が動転してクレジットカードを落としたのかもしれない。














  1. 2007/03/25(日) 03:03:19|
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新生活と資本主義に生きる僕 

 *この記事は個人情報を惜しげもなく含んでいるが、本ブログの作者が匿名であるという前提で、書いた。
 
 結局三月中に引っ越すことにした。部屋の図面を作って、配置をシミュレーションしてみた。


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今住んでいる部屋も、35分くらいかければ会社に通えなくもない。7月から8週間の海外研修で空けることを考えると、そのあとに引っ越すのが得策かもしれない。しかし、入社してから部屋探しや引っ越しや内装をするドタバタを考えると、家賃の節約というメリットも、引っ越すかどうかという決定を先にのばせるオプション価値も色褪せてくる。
 正直をいうと、探していたら良い物件を見つけてしまったことが引っ越しの決定打というべき。ぼくは部屋とインテリアにはこだわる人で、今住んでいる部屋も、来客は十中八九、「(意外に)広い、きれいじゃん、かわいい、すげー、意外だ」のいずれかの言葉を感想として漏らす。それは、大学二年のとき池袋中を歩いて探し回り、入居してからも東急ハンズに数十回通って作り上げた部屋だからだ。スピーカ台から間接照明まで自作した。お金もかかったが、それ以上に時間と工夫と執念が注ぎ込まれている。
今度みつけた物件も実にいい。中途半端に自慢をにじませるのもめめしいだろうから、忌憚なく誇らせてもらうと、広さは50平米(LDK18畳の寝室6畳)と一人暮らしには十分だ。地下鉄の最寄り駅から徒歩2分ながら、大通りから二ブロック奥に入った静かな場所だ。会社まで二駅、Door to Door で10分以内だ。静かで近いというこの点は本当にポイントが高い。第三に家賃がそれほど高くないこと。今の部屋の倍で管理費込みで月15万円だ。 
広い、近い、安いとくれば、欠点だが、まずラブホエリアに隣接していること。築20年で水回りが古いこと。リフォームしてあるものの床の工事をけちったらしくフローリングがたわむというか柔らかい。そしてエアコンが一機しかないこと。そして、宅配ボックスやら光ファーバーやらケーブルテレビはさらに望むべくもないこと、である。


引っ越し前後にかかる費用を試算してみた。



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・ ・・・絶句するくらいすごい出費だな。

・ Q&Aセッションといこう。

Q金どこからでるの?
A自分で払う。もう親の世話にはなりません。

Q 誰?どういうやつ?
A 23歳男。大卒予定の新社会人です。

Q よくそんな金あるな!?
A はい。

Q生意気な・・・・死ねば?
A・・・・死にません。


Qなんだ、自慢かよー
Aんーー、自慢にはならないな。仕事クビになったら部屋から出なくてはいけない。病気もできない。不安がいっぱいだ~

Q 格差社会だ!
A まったくもって同意。格差社会です。




・銀行でローンを借りようとした顛末

朝、銀行に向かった。 みずほ銀行池袋支店3Fにいくと客がほとんどいないせいか、行員が気づいてくれるそぶりを示さない。しょうがないからずっとローン窓口の前に突っ立ってた。十秒くらいすると、お姉さんがやってきて、「なにか?」と。・・・・・・おれがローンを借りるタイプに見えないのかしらね。たしかにこの日はジーパンに革ジャンにボサボサ髪と「不真面目だしかなりいけてない部類のフリーター」という風貌だったけどさ。「ローンの相談に乗ってもらえないかと思って」とハキハキ答えてやりました。商談開始。結論から言うと、使途を証明する書類がないと審査に通る可能性はないとこのだ。年率8%の使い道自由の消費ローンと銘打っているが、「お取引(池袋支店に口座)のないお客様の場合、やはり使い道を示す書類が必要」とのこと。たとえば引っ越しなら業者の見積もり、家具なら請求書という具合に。さらに、基本的に借りた分は現金支給はされず、消費財・サービスの提供業者にみずほの口座から直接振り込まれるという(その際もちろん振り込み手数料はかかる)・・・・・・・・はなしにならんな、カーテンから布団から歯ブラシまで買うのに、見積もりだしていちいちふりこんでられるか。学生、収入どうのとか切り出す前に、使い道で詰まってしまい、商談不成立。ちなみに、おねえさんは一貫して態度が良く、丁寧懇切に説明してくれた。「それはこまりましたねー」と俺が言うと、すこし同情さえしてくれていた気がする。次ぎに三井住友銀行の東池袋支店にいった、あしもとをみられない?ために革ジャンをぬいてトレーナー姿でいった(あまり変わらん)。こちらは大繁盛で、客大入り。ソファーで少し待って、ローン窓口に。出てきたお姉さんは、ズバリモノを言うタイプで、分かりやすくて良かった。「お客様、4月から働く事になっているとはいえ、やはり前年度の収入を証明するものがありませんと、こちら(年率8%くらいの無担保消費ローン)の審査は通りません。」 そのかわり、といって、「すこし利息が高くなってしまいますが、こちらのカードロンなら、50万円まで、審査なし運転免許のみで借りることができます。」「短期のお借り入れの場合ですと、それほど差はおおきくありません。」 それを聞いた瞬間「やったー!借りれる」と思った俺は、多重債務者の境地をすこし理解できた気がした。日本国が1.7%で借り入れをするこのご時世、年利12%は暴利以外のなにものでもない。感覚的にはおれの方が、借金まみれ自転車操業の日本国よりイケてる気がすんだけどねー。12%はないわ。まあでも、返済額は毎月一万円以上であれば好きなタイミング、好きな額でできるという素敵なコーラブル、んで4ヶ月で完済すれば利息も1万5千円くらいだろせいぜい。ともかく、SMBCのカードローンに落ち着きそうだ。




・先輩から個人融資を受けることになった顛末

土曜日、渋谷でTさん、Aと三人で会食@明治通りのとんかつ和幸。Tさん前回より元気になっていた。仕事もずいぶんと覚えて、順調だという。して、引っ越しでお金に困っているという話をすると、ありがたいことに、50万円融資してくれるという。こういうためらわない、互助互恵をよしとするお考えはおれそっくりだ。感謝。というわけで大学を卒業していきなりカードローンに手を出さなくても済みそうだ。





部屋について長く書いたが。そもそもこの記事を書いた一つの目的は、趣味についての自慢兼あらたなプランニングである。もう一つの目的は情報提供である。後進や世間のために、いわばひとつの実像を提供することである。さらには、すこしシニカルに感じたから----つまり結局、あんなにたくさんあるように思えた初任給が、全部家賃と食費と家具に消えることに皮肉を感じたから、書いたのである。僕はインテリアにはおしゃれなのがほしいし、新しいデジタルグッズには目がないし、食う量だってアメリカ人並にバカ多い。自分のそういう欲望をひとつひとつ満たしていくと、馬車馬のように一年働いてもほとんどなにも残らないんだなと、気がついた。ビジネス街で一日3食外食していたら確実に毎日2500円~3000円はかかり、月10万ちかく食費がかかることを考えればいささか萎えるが、他に仕方があろうというのか。ある意味、不動産所有者と外食産業と家具メーカーのために働くことになる。じゃ、労働の対価で交換したそういったものが、教養・見識あるいは筋肉・美貌のように生涯にわたって役に立つかといえば全くそんなことはない。家賃も飯もあっという間に消える。家具だって3~5年で減価償却だろう。自身が熟練することはあれど、結局ストックはなにも残らないのが資本主義のなかの労働者の姿だなーと思ったわけよ。それはたとえ、この先いくら昇進できたとしても、本質的には同じことに違いない。つまるところ、賃金所得労働者である限り、余剰なんて望めないということだろう。
 
 で、結論はなにか。結論だが、「嗚呼!悲しき資本主義」などとナイーブに結ぶつもりはない。むしろその逆で、人間が大いに働き、自慢し、欲望をみたしていくことを、賞賛したいと思う。人の欲は、限りがないとは言うが、それでここまでやってきたようなもんだ。この先もそれは変わることはないだろう。Let’s see what happens! も、楽しいではないか。


  1. 2007/03/19(月) 10:20:06|
  2. 雑感、随筆
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マッキントッシュを導入したい。

今の部屋こういう感じだけど

120インチ プロジェクター・スクリーン



部屋を明るくすると、こうなってしまう。プロジェクターの弱いところだ。
120インチ プロジェクター・スクリーン



引っ越したら、こういうのにしたいんだよねー。
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リビングに置くので、いかにも「パソコン」という感じのものを繋なぎたくない。そこへMac miniだ。大きさとデザインはちょうど良い。

ちなみに引用もと、123 Mac mini 掲示板。
http://www.123macmini.com/gallery/thumbnails.php?album=topn&cat=0


やっぱマッカーのやつら、センスいいかってか金持ってるわ。笑


パソコン歴がそろそろ7年になる。ここに来てMacを導入しようと画策している。
きっかけは2007年1月のスティーブ・ジョブス氏のスピーチをネットで見たことである。遅ればせながら感動した。

僕がここ半年で耳にした英語のなかで一番簡単な英語だった、が、問題はそこではなく、氏のスピーチが同時にここ半年で耳にした英語のなかで一番上質なものだったことだ。

コンピューターに興味のないひともぜひ上のリンクから飛んでみてみるといい(再生には要QuickTime)。プレゼンテーション術の参考にもなる。ちなみ内容をほとんど理解できない成人は、金輪際英語はあきらめて他の長所を伸ばすのを考えることをすすめる。それほど明快な話術だ。

話をMacintoshに戻すと、ぼくはMacが大嫌いだ。大嫌いだった。
高校生の頃は、なぜMacが存在するのか不思議だった。当時からMacはすでに汎用性がないというか、マイナーでできることがすくなかった。ゲームソフトがないし、フリーウェアも少なければビジネス・アプリケーションも少ない。そして増設も改造もできないうえ、値段が高かった。
しかし秋葉原のごみごみしたパーツショップのなかで、Macを置いている店だけすこし綺麗だった。グラフィック・デザインの仕事をする人が(当時の話ね)ほとんどMacを使っていると聞いて、さらにそのグラフィック・デザイン用の機体とソフトウェアの値札をみて、僕はなんともいえない不満な感情を抱いた。それはパソコンマニアが、ネットどころか携帯電話さえ持たない芸術肌の男が女の子にモテているのを目の当たりにして嫉妬する気持ちと近いのかもしれない。
Macは非実用的なくせに値段が高い。マイナーで高い規格は嫌いだった。時々ネット上で出会うQuickTime形式の動画も大嫌いだった。

でも冷静に考えてみればぼくはそもそもMacを使ったことがない。というか手が届かなかったのだ。
大学に入って二年目になると、キャンパスの個人用情報端末はなぜなのか、ほとんどiMac4に置き換わった。が、実際に三年間使っても別段好きにならなかった。iMacは首が自由に動いてデザインがかわいいのをのぞけば、なにもいいことがない。最近アップルはテレビCMで、WindowsPCと対比してMacの利点をいろいろ強調しているけど、ありゃまやかしだ。ぶっちゃげていえばMacにできてWindowsにできないことはない。ルクセンブルク公国で手にはいるものが日本でも手にはいるのと同じ理屈だ。「ウィルスにかかりやすい、かかりにくい」というのも、人口普及率の高いWindowsがねらい打ちにされているだけの話。

 じゃ結局Macのなにがいいのか?デザインはひとつの長所だろう。けどもっと本質的には、デザインや非実用性も含めた「余裕」だと思う。ずっと前に思ったことだが、カッコウいいとはとどのつまり「余裕」である。

余裕がかっこういいということに気づいたのは、テレビでルパン三世を見ていたときだった。

燃え落ちる建物から、走って逃げるルパン一味、後ろから矢のように飛んでくる銃弾。次元と五右衛門は、それこそ前傾姿勢でダッシュしているが、ルパンだけはなぜかお尻に火を点しながら、ジョニーデップばりの後傾姿勢で「アチーッ」なんて言いながら逃げている。

   ルパンは余裕なのだ。どんなときでも余裕を失わないのだ。だからこそかっこう良い。

Ability(能力), Potentiality(のりしろ), Capability(容量)が大きいということだろう。
同じ理屈を、すこし強引ではあるけどパソコンに適応すると
  日々ビジネスの最前線で戦うために、あらゆる機能を備えて疾走する質実剛健なWindows PC。一方Macはマウス・ボタンがひとつしかなく、グラフィカルなユーザーインターフェースと本体のデザインには凝るがウィンドウの最大化もろくにできない。

   でもマックはそれでいいんだ。余裕のある人が使えばいいのだから。

デザイナーズ・マンションやら、デザイン家電なんてのも同じ。むかつくほど高いうえ、性能的に非実用的だったりするけど、魅力的だ。
 ちょっと前にのだめカンタービレの録画をみていて、「千秋様」の部屋の電話機かっちょいいな~と思って、再生を止めて拡大してみた。そしたら画面の端からとぎれそうになりながらも、amadanaというブランド名が見えた。リンク先に飛んでみたら実に気に入ってしまった。ハイビジョンの功名だな。

 なんだか長々とした文章だけど、「余裕とおしゃれさに堪えきれず、Macを買いたい」というだけの話でした。

  1. 2007/03/06(火) 01:13:13|
  2. 雑感、随筆
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