超 自 省 録

時事、日中関係、社会問題について。会社員、オタク、二ヶ国語をしゃべるやつが、書きます。

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北京の追憶

ある学生ビジネスコンテストが北京で行われた。それに参加するために、7年ぶりに北京に行ってきた
期間は8月3~13だから、追憶というのは少々大げさかもしれない。

町の印象 悪い印象
・北京は雨が降らないとほこりぽかった。東京の空気も悪いが、ここでは交通量の多い通りでは息さえしたくない。
・雨が降ると汚い。道路の排水機能が悪く、長安街といえど十数センチも水が積もる。
・タクシーがぼろい。ある晩、窓が上手く閉まらないタクシーに乗った。そうすると、となりを他の車が走り抜けるので、大きな水しぶきが上がり肩がびしょぬれになった。
・予想したほど街並が発達していない。まだオリンピックに向けて準備してる様子も見えない。
・車がしょぼい。外車といえば、やたらとアウディが街中を走っていた。次に多いのがベンツ。日本車はすくない。あ、これ悪い印象とかじゃないね。


街の印象 いい印象
・夜タクシーで天安門前を走っていたら、道路の広さに感動した。片側8車線?ライトアップもキレイ。
・人がずいぶんと良くなった。洗練されたと言っても良い。道を聞くと親切に教えてくれる。
・後海あたりのBARはきれいな雰囲気だった。そんな素敵なデートスポットは東京にもなかなかないと友達が漏らした
・天福銘茶はよかった!あの試飲ビジネスモデルにはまり、三時間ほどお茶でもてなされてからは、みんな気付いたらたくさん購入していた。
・店員の態度も良くなった、少々売りつけ根性が強いのを除けば、基本的には懇切丁寧。
・上半身裸で街をうろつくおっちゃんはまだいた 笑
・北京ダックは絶倫に美味かった。値段は30元から180元まであるが、やはり全集徳のが一番おいしかった。


出会った人々
 Shinは最初のルームメイトだ。駐韓米軍で兵役を終えた彼は25歳、初対面の印象派アウトローな小やくざという感じだった。彼はひっきりなしにホテルについて文句を言い、大会スタッフの対応、夜間外出禁止についても文句を言っては、僕に同意を求めてきた。
 京燕ホテルはまあまあだった。一応えせ豪華で清潔だし、サービス人員の態度もいい。タオルが少々堅いのと、市街地からはずれすぎているのを除けば、なにも問題はなかった。Shinの不平に対しては、僕は"It's fine for me."という調子で返しつづけた。
 Shinは服にはとても気を使い、BVLGARIの香水をいつもこれ見よがしに机の上に置いていた。夜になっては出かけ、しまいに昼のプランニング中にデートに行きやがった。彼はことあるごとに、ソウルのすごさを語り、「日本と変らないぜ」、或いは「東京でもそうなんだろう?」と締めくくった。
 この締めくくりには腹のなかで笑いを禁じ得ず、はじめのうち僕は「こいつぁバカだな」と思っていた。でも大会が終わったごろに彼が天才だと気付いた。彼は結局育ちがよかったのだ。人の気持ちを良くわかり、誰からも好かれ、コミュニケーション能力が高く、強がるものの、人を傷つけるようなことを決して言わない。人の話を理解するのにも長け、なによりも発想力がある。
 プラン中の経営戦略の多く(本当に多く)は彼のアイデアだった。アートギャラリーをやろうということ自体は僕が最初に言い出したが、僕らが勝てたのは彼の多くのプロモーションに関するアイディアのおかげだったと思う。
 彼はアイデアを思いついて、しゃべり、またどっかに行ってしまう感じだった。最後は手際よくpptファイルを仕上げてくれ、まさにプロって感じだった。そして彼は、常に同時に子供だった。




 Jullieは賢い女の子だった。北京大で芸術を専攻していて、上海出身だった。彼女はどのくらい賢いかというとTOEFLが677点中、653点!最初に会ったとき、チームメイトが二人とも女の子じゃないこと(supposed to be two girls but it turned out to be Shin & Jullie)に内心がっかりしていた僕を、すぐに会話で元気付けた。
 彼女はしっかりしている。行動は尽く謙虚で、意見がぶつかるときは必ず譲ってくれた。かといって、よくいるような「人と距離を取ったような付き合い方をする子」ではなく、それどころかすごく踏み込んで関係を築く人だった。僕は性格がきついので、ここまで踏み込まれておきながら、信頼が成立したのははじめてかもしれない。あんな短期間で。今思うと器がでかい。
 彼女はきちんと女の子らしかった。よく笑い、うなずき、自然体で、買い物好きで、方向音痴だった。医大生の彼氏を持ち、一度部屋で電話するところを聞いたが、その甘えた口調の中国語はすごく新鮮で印象深かった。
 6日間に渡る僕らのプランニングは彼女なしには成立しなかった。Shinの次によく出歩く僕を尻目に、彼女はいつも着々と作業を続けていた。膨大なワードレポートをやや堅い口調の英文に書き上げ、僕と議論しては僕の独断で押し付けがましい見方に同調してくれ、訂正作業をするのだった。
 最終日、彼女はどもり一つせずにしゃべりとおした。審査員である二十名を越える大学教授と企業経営者の前で、400名を越える聴衆の前で、彼女は聴衆をひきつけて話した。彼女は一度原稿を読めば、覚えてしまう能力を持っていたのだった。
 彼女は将来マスコミ関係で働きたいという。いっしょに798芸術区にフィールドリサーチに行った際いろいろと将来のことも話したな。きっといっしょに絵を選びに来た新婚夫婦に見られていると内心思っていたのは、僕だけだろうか。

 張PENG



 MinKyongはソウル大学から来た女の子で、バスの中で隣になった。いまになってどうして彼女のことを良く思い出すのかわからない。でもおそらく彼女がナイス・スタイルだったことと無関係ではない。彼女は細身巨乳だった。こんなことを書いていると俺の人格が疑われるけど、最大限心からの誉め言葉のつもりだ!

 話が盛り上がって、今度東京に遊びに行くけど、物価が高いのが心配というと、
"You could stay at my place"
"Thanks"
"Well, of course you know what that means." 
彼女はやんわりと微笑んで言った
「それは私がベッドに寝て、あなたが床に寝るってことでしょ?」

彼女はBainというコンサルを知っていて、そこに就職できたらいいとも思っていた。僕がBainのインターンの話をすると飛びついて、また話が広がった。結局まとまって会話をしたのはバスの中と天安門観光のときだけだったが、二三日後に再会すると彼女はとてもうれしそうに手を振りながら、元気?と聞いてくるのだった。やっぱりこういう女の子はいいと思う。


Yanjing
イェンは北京師範大学から来ているサポーターだった。彼女は軽く八頭身くらいありながら、さらさらした髪と童顔で中学生くらいに見えた。子供だと思って近づくと、そのスラリとした背の高さにびっくりするだろう。彼女をガイドに指名したのはMinkyongだった、「私かわいい子が好き」と。 たしかに彼女は際立ってかわいかった。
 まだ一年生の彼女の前では僕はつとめて大人に振舞った。それkが功を奏してか、さっそく「おじさん」と呼ばれてしまった。サークル以外二箇所目である。天安門広場では趣味の話などもしていた。ずっと英語で 笑 彼女はテニスが好きで、お気に入りの選手はレイトン・ヒューイットだった。


 Yang Bo
ヤンとは二、三回話していないが、リーダーのオーラーを感じた。ヤンは中国側のチーフスタッフで、いつも良く通る声で、簡潔に話し、みんなに指示を与えた。もう一方の迷ガイドジャンヌダルクとは大違いだった。彼は浅黒く、たくましい身体にいつもスニーカーと短パンをを着込み、やさしいけど力強い目をしていた。同年代で彼ほどカリスマオーラーを発していた人にはそれまで会ったことがなかった。



 Jiho
 
 
  1. 2005/08/19(金) 03:17:44|
  2. 日中関係
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
<<I'm gonna write someting... @Kenny's correction | ホーム | 帰国して>>

コメント

ほほ

里帰りかと思ったらOVALしてたのね
  1. 2005/08/21(日) 17:24:39 |
  2. URL |
  3. N #JalddpaA
  4. [ 編集 ]

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