超 自 省 録

時事、日中関係、社会問題について。会社員、オタク、二ヶ国語をしゃべるやつが、書きます。

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会社の理念・働くということ・付加価値・社会主義 1

 
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「会社の理念」が叫ばれる時代だ。

大抵の会社のパンフレットの裏に書いてあるし、説明会でも言われる。

「・・・わが社は・・・・・・、地球社会・・・・・・・人間が・・・価値を・・・・環境と・・・・・・」
 幾分かましになって、具体的な書き方をしているところもある。

 それでも、そういうキレイゴトを聞くたびに、僕は心の中で「ほざけ、Commerce Entityのくせしてなに言ってやがる」と思ってきた。 別に斜に構えているわけじゃない。ただ、営利を至上かつ唯一の目的とすべき企業というものが、「社会的理念」を振りかざすことに偽善を感じるだけだ。

 なんども言うが僕は偽善が嫌いだ。悪人の5千倍くらいは嫌い。

 で、話を戻すと、そんな僕が今日、人生ではじめて、心から納得できる「経営理念」を聞いた。生きててよかった。忘れないうちに記録したい。以下がその話の内容である。

なお、()内は実際の談話にはなかった部分であり、*は筆者が文末に注をつけたところである。

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 うちの会社の理念とか、抽象的な部分に入る前に、まずお話をしてみたいと思う。

 松下幸之助は、販売員をやっていたとき、他の販売員が人んちの庭先の蛇口で水を飲んでいるのを見かけた。食料が乏しく、柿を盗み食えば半殺しにされる時代であった。なのにもかかわらず、他人のうちの水を飲んでも咎められない。そのことは誰の目にあきらかで、なぜかと考えてみたら、水は稀少ではないからだという結論にたどり着いた。。
 松下は考えた。「すべてのものが、水のようにあればいいのに」と。
 水道の哲学である。

 それから松下は松下電器を作った。あらゆるものを大量に安く生産し、人々に届けた。そのやり方には確かな「理念」が存在し、それは他人から「マネシタ」*1と揶揄されても、微塵たりとも動揺しない理念だと思う。

 ダイエーの創始者、中内 功は戦中、飢餓のフィリピンをさまよった。人肉食いの噂が絶えないミンダナオ島で、彼は文字通り餓鬼であった。*2 戦後、彼は「すべての人に食料を届ける」という思いでダイエーをつくり、流通革命を引き起こした。
 こんにちはダメになってしまったダイエーだが、日本で一位の小売業になった裏には、中内さんのそういう理念があった。
 
 (人をもっとも強く突き動かすのは、己の欲望ではない。世の中を変えたい、すべての人を良くしたいという使命感だ。もちろんこれだけで「経営理念」を持つことは必然にならない。必然になるのは、理念が働く者自身にとっても必要だからだ。)
  
 僕(創業者)自身のことを話してみよう。僕自身は、大学時代にアメリカに渡り、パソコンの普及を目にして驚いた。96年当時、アメリカで貧しい層の人々も、普通にパソコンを使い、メールやチャットでコミュニケーションしていた。僕は、これからきっとこの機械が世の中を変えるにちがいないなあと思った。帰国したら絶対コンピューター業界で働こうと思った。
  それから日本に帰り、ある3000人も抱える会社に入り、プログラマーになった。やっていることはドカタと何ら変らなかった。与えられた設計書を、何ら疑うことを許されずに、ただひたすら書いていく。始のうちはよくわからないので、言われたとおりにやっていたが、一二年するとだんだん疑問が大きくなる。「こんな設計で果たして意味があるのか」「ここはこうした方がいいのではないか」「これじゃエクセルのシートでもできる」とか。

  システム開発というのは、けっこうブラックボックスだから、お客さんには中身がわからない。だからしょぼい代物でも数千万円で売れてしまう。僕はそれが嫌だった。もっと価値のある、意味のあることがしたかった。
  人間というのは、不思議なもので、無意味な仕事というのも、しつづけることができなくて、囚人に穴を掘ってまた埋めさせるという作業を繰り返させると、大体気が狂うという。
 
  まあ、そういうわけで、僕は転職して、アクセンチュアという会社にはいった。システムを自分で設計する側に回ったということになる。で、アクセンチュアにはたくさん面白い人がいて、そういう意味では楽しい会社だったが、やっぱり大企業の論理というか、そういうものが多少あり、時には前(の会社と)同じように、したくないような仕事をしなければならなかった。
  そのまま仕事を続けても良かったけど、僕はもっと違うことがしたかった。多分人間というのは、本質的に価値の創造(他者にとっての)を求めるものだと思う。自分が創造した以上のものを受け取りつづけると、嫌になってくるのだと思う。たとえば、由縁もないのに、人からお金をもらいつづけると、すごく心理的に負担になるという。

  僕はアクセンチュアをやめ、自分たちで会社を立ち上げた。コンセプトは何にしようかと考えたときに、さっきの松下と中内のことが頭を過ぎった。しかし、なんといっても時代に合っている必要がある。今は戦後と違い、物があふれる時代だから、0を1にするという理念で世の中を幸せにすることはできない。すでにある物を使いやすくすることの方が重要そうだ。そう考えたときに、僕はユーザービリティというものに注目した。
  
  今日本で一番の本屋さんはどこだと思います?紀伊国屋じゃなくて、アマゾンが日本国内No.1の本屋になる時代なんですよ。アマゾンのように、社会のあらゆる側面がネットへシフトしつづける中、インターネットが人間にとって使いにくいことは、大変不幸なことじゃないかなーと思う。つまりたくさんの人が使うのに、使いややすくない、というのは正しくないということ。システム開発をする側というのは、ユーザーの使い勝手なんて考えないもので、ことに社内システムというのは、嫌でも従業員は使ってくれるからね。時には訓練してまで使い方を学習させる。

  ところが、一般社会向けのWEBSITEがそうあってはだめだ。使いにくいサイトはユーザーが見なくなる。政府が打ち出すu-japan戦略だって、結局のところ国民にとって使いやすくなくては意味がない。ネット上で住民票1つ申請するのに二時間かかったようじゃ、意味はないのだ。
 だから、僕たちは、とりあえずインターネットから始めて、やがては他の分野に進出するかもしれないけど、世の中の使い勝手を良くしていきたい。そうして、世の中に価値を作り出していきたい。
 
 *1 ソニー共同創業者森田昭夫は、「MADE IN JAPAN」の中でユーモアを込めてこう回想している。
 「松下幸之助さんにはこう言われた。『うちは東京に研究所があってな、ソニーという名前だ。そこが何か新しいことをやって、上手くいったらうちでやればいい」と。ウォークマン開発の前後の部分である。

 *2 中内 功氏は戦後、インタビューで「戦地で最も怖かったのは日本兵だった。眠りこけてしまうと、隣の男に殺されて食われてしまうという恐怖が常にあった。」と答えている。「生きて帰って、すき焼きを腹いっぱい食べたい。食べ物の恨みでスーパーを始めた」とも。

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この会社、ビービットという。計四人で小さな部屋で話を聞いたせいか、えらく染み込んだ話だった。
  1. 2005/09/29(木) 21:28:22|
  2. 就活
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