超 自 省 録

時事、日中関係、社会問題について。会社員、オタク、二ヶ国語をしゃべるやつが、書きます。

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人間の柔軟性

 元来から僕は、どうして人間の赤ん坊はもっといろんな能力をもって生まれてこないのだろうかと、不思議だった。たとえば、4桁×4桁のかけ算の答えを一瞬で出したり、ネイピアの数のn乗を言えたりするハードウェアを搭載したまま生まれてくる赤ん坊。あるいは成長するにつれ自ずと筋骨隆々になったり、ピアノやスケッチのような極めて正確な動きを訓練なしにできたりする赤ん坊。これらのような機能は、生物にとって普遍的な有用性を持つはずで、最初から搭載しといてほぼ間違いなしなのだが、人間はどうして長い進化の過程で初期搭載を選ばなかったのだろうか。
 今日分かった(いや、文字通り今日というわけじゃないが)。先天的に搭載する必要なんてない。後天的に求めればいい。もとめようとすれば、手に入るだけの柔軟性を人間は備えている。十分な情熱をもって継続的な訓練しさえすれば、世界的なアスリート、芸術家、学者のように驚異的な境地に達することもできる。全員ではないだろうけど。一方で能力を先天的に搭載してしまうと、二つの問題がある。一つは普遍的な能力とはいえ、環境の変化によっては無用になる可能性がある。たとえば2進法の世界では上記のかけ算ハードウェアはそのままでは使えないし、地球が無重力になったりすれば(もっともこれは人類の存続よりスパンが長い変化かもしれないが)人間が筋骨隆々である必要もなくなる。
 二つめの問題点だが、こちらがより重要というか、本質的である。すなわち分業が不可能になることである。先天的に能力を搭載するようにすれば、誰を数学型にして、誰を作家にし、誰をファイターにするか決めなければならない。この割合は決めようがないし、すべての個体に一律の能力を搭載しようものなら、分業が成り立たない。というか、それは結局人間以外の生物種と同じ戦略をとることになる。それよりは、柔軟性(あるいは言い換えて、学習能力)のみに特化して、これを先天的に搭載すること。そしてあとは各々が後天的に、必要に応じて自身を最適化してもらうこと。生物種としてはこの戦略の方が上手いだろうし、ここに人間の人間たり得た所以、換言すれば人間が成功した所以があるのではないだろうか。

 ふー、今日はすこし当たりまえすぎることを書いたのかな?笑。三点付け加えて終わりにする。

一、柔軟性は種にとっては良い戦略かもしれないが、個体にとってはどうだろうか。すなわち、自身の最適化に多大な労力を費やさなければいけない人間と、努力などしなくても普通にやっていけるキリン、オオアリグイ、蚊のように特別な先天的能力をもっている種とでは、個体レベルで見た場合どっちが「しあわせ」なのだろうか。キリンにしたら、個体差は存在すれど、首の鍛錬を怠ったがためにニートになった(食いばっくれた)というのは聞かない。人間ならばありうることだ。それに、僕をはじめまわりでは努力すれど、すれど、幸せにならない人が多い。んーー。

一、人間のなかのいわゆる「天才」とは、自身の最適化を開始する時期が早かった個体たちのことである。と僕は考える。

一、教育が重要だとしつこくいわれるのも、これだろう。

 
  1. 2006/11/08(水) 21:50:39|
  2. 雑感、随筆
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