超 自 省 録

時事、日中関係、社会問題について。会社員、オタク、二ヶ国語をしゃべるやつが、書きます。

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タイ80時間の顛末 下

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二日目は、みんなでいっしょに朝食のバイキング。そしてアユタヤへ。朝8時半に10分ほどおくれて、JALが手配してくれたガイドのおじさん、孫ガンホがやってきた。ライトバンで1時間くらい移動し、最初に着いたのは、王の別荘だ。いい場所だった。次ぎは日本人の入植跡。日本人のおっちゃんがやってるおみやげ店の安心感で、つい買い込む。次ぎに行ったのが寺院みたいなところで、金箔がなくなった涅槃がある。ビルマとの戦争に負けて、はがされていったらしい。

そのあとホテルのロビーでバイキングの昼食。孫がうざいくらいに、これは食べるとおなかいっぱいになっちゃうから、損しますとか、これは高い物ですから食べた方が得ですよとか、お節介なアドバイスをしてくれていた。このあたりは韓国のガイドのおばさんとおなじだな。バイキングは本当にうまかった。特にココナッツカレーとタピオカと甘いピーナッツ餃子が。客は日本人と欧米ばかりだった。


飯のあといったのが・・・象乗り。500バーツと高い感じがしたが、新鮮で楽しかった。そしてそのあと行ったのが・・・たぶん世界遺産。思ったより規模は小さいが、本当に「遺跡」って感じで、よかった。夜ライトアップするためのハロゲンランプが整えられて他が、いくつかは壊れて木の葉が中に貯まっていた。現代の設備まで遺跡になるようだ。  そしてまたなんとかの寺院にいって、木にとりこまれた仏像をみて、 帰路についた。


帰りの車の中で1500バーツのツアー代を請求されたが、買い物やらなんやらでだれも手持ちがなかった。そこで、孫さんは、一生に空港での両替のレシートを出させ、それより少し良いレートで両替することをオファーしてくれた。ついでに移動中にムエタイとニューハーフショー(もう一つの劇場の)の手配もしてくれた。それぞれ1850B、800Bと、市価より150と200も安く、である(このことを彼は20回は強調した)。しかしもともとこの国の市価というか、言い値は、本当の価格だとは思えず、両替にしてもそうなのだが、孫が幾分かまたサヤを抜いているのは間違いのなかった。とはいえ僕たちはどうせだれかにぼられるのだから、これらの親切なオファーに対しては、もう孫が有能だと他に言うことはなかった。車内ではしばらくお札が飛び交った。孫は高速度路の手前で、「皆さんトイレは?」といってから、自分一人でウンコをしにいった。しばらく時間がかかり、これが有能な彼の最初の失点だった。



ホテルには5時くらいについて、めっちゃかわいい子が二人、ムエタイのチケットを届けに来た(今考えるとこれは不思議なシステムだ)。しはらって、みんなでお金をおろしに行くと、このとき俺はVISAカードがなくなっていることに気づいた。いそいで部屋に戻って探したがなく、ホテルロビーでVISAのなんらかのセンターの電話番号を聞いたが10分しても出てこなく、再び文句を言っても焦る様子もなくいま問いあわせてますと、どこでさがしてんだよぼけと思いつつ業を煮やしたおれは、インターネット使用券を買いWEB検索で1分で番号をみつけ、ロビーで電話してもらいカードの使用を止めてもらった。この一連の過程で、この四つ星ホテルのレセプションにいるのは、a bunch of idiotsであることが判明した。かれらは英語をかろうじて解する物の、自らはほとんど話せず、またサービス精神というものがなく、態度だけはどっしりしているから偉そうにさえ見える。このホテルはハードウェアがなかなか良かっただけに、ウェスティンかどこかが買って、運用した方が良いなと思った。


問題が解決してから、三人部屋で小休みを取ってビールをのみ、6時半にムエタイに出かけた。出かける直前に1Fロビーで声をかけられ(毎回タクシー?マッサージ?とか言ってくるあいつらははたして本当にホテルの従業員なのだろうか・・・・)、ムエタイはいかがですか、1800バーツでお安くしますよと・・・、おつ。 会場について、席は確かに、孫が20回は強調していたように、リング際の一等席だったま。わりは欧米ばかり。すぐ前はフランス人の親子四人家族のようだ。試合は・・・最初は興奮してみていたが、なれ合いであることが判明するまで、それほど時間はかからなかった。最終試合をのぞき、全試合赤コーナーチャンピョンが勝った。顔面めがけてのパンチやキックはなく、ボディにこれ見よがしの膝蹴りばかり。スリップダウンにも観客はいちいちどよめき、格闘技というよりはパフォーマンスぽかった。石毛は退屈のあまり、口をあけて寝ていた。一生は評論家ばりの批判をしつづけた。盛り上げるために、三人でで変動レートで賭をやったのだが、結局僕が300バーツほどまけて、石毛が小勝ち、一生が大勝した。俺は一生と石毛の間に立って、アービトラージをとろうとしたが、逆アービトラージになってしまっていたと気づいたのはDoneしたあとだった。このたび二つめの失点にも石毛は死ぬほど笑った。こやつは昨日のチップの一件から本当にバカにして笑ってくるそして、アゴを前に突き出して楽しそうに俺のまねをする。そんなにしゃくれてねーつの。


四時間の観戦のあと、石毛と一生は市内にあるというクラブに行くという。福西と高桑はもう疲れてやる気がなく、おれはやる気はあったがクレジットカードを落としたせいで一銭もなかった。だから、この三人はホテルに帰って、休むことにした。














三日目になるともうやる気がなかった。この日でかけるときににそもそもカメラを持って行かなかった。一生から1000Bを借りたが、それだけもって出かけるわけにはいかなかった。だから一人でホテルに残って、のんびり日光浴しながら、あるいは豪華なロビーのソファーでくつろいで本を読むことにした。プールサイドで、染めたブロンドの二人組にナンパして失敗してるドイツ人の中年を見かけた。笑 失敗の仕方が日本人そっくりだったーー顔を見合わせて、クスクス笑いの半無視。プールサイドは、曇りぞらから太陽が顔をのぞかせた瞬間、たちまち暑くなる。欧米は日焼けをしていたが、おれはたまらなくなり、二時間でロビーの方に避難する。モルガン家は記述が前後しすぎる節があるが、予想以上におもしろい本だ。金融というもの全体についてもっと勉強しなきゃ、と思う。昼になると高桑がロビーにやってきて、しばらく話し、彼はマッサージに出かけた。一生と石毛と福西は朝からパタヤビーチに行った。四時までのんびり楽しく過ごせた。 


  5時過ぎにSiam駅で合流したときの話によれば、マッサージは普通に気持ちよく、ビーチはあまり栄えていなかったらしい。昨晩のクラブの話を聞くと、目が眩むよなかわいい子がたくさんいて、ほとんどが娼婦だったという。話しかけてきたアラブの観光客によれば、やりたければなんとかというところにいけば二時間で2千バーツらしい。奥菜恵そっくりで、本人よりかわいい子がいたという石毛の話を聞いてると、こっちまでそわそわしてきた。でも結局奴ら現金がそれほどなく、そして日本人観光客の女の子のナンパをねらって行ったわけで、なにも起こらずに帰ってきた。そんなん感じでみんなでデパートの7Fでご飯をたべ(このときも俺と高橋はまわりのかわいい子ばかりをみていた。)、アジアホテルのニューハーフショーに移動。そしたらロビーに孫ガンホがいて、びっくりした。またもやしつこいほどの世話焼き、出しゃばりのこのおじさん。ショーは・・・・前回のMANBOと同じくらいなレベル。演出家がいるとしたら、MANBOの方を俺は支持するな。合理的でより観客のニーズに応えようとしてる。

ショーのあと、ナイトバザールに行った。タクシーのなかで一生がやりてぇーよと連発。そりゃそうだ。バンコクに来て、かわいい子ばかり見かけてはきたが、みんなオナニーの一つできていない。バザールでは、買い物意欲がどんどんわき、四人とも買いまくった。このナイトバザールはおすすめだ。結局現金がたりず、最後に一生から500B借りてチークの花瓶を買いに行こうとしたら、もう店が閉まってた。ホテルかえって・・・水を飲みながらすこし三人部屋の方でだべり、寝た。









四日目
四泊五日と銘打つこのたびの最終日は、朝5時に起こされ、ホテルロビーへ。部屋にデジカメの充電器を置き忘れる。この旅のおれの最後の失点(ほとんど服をもっていかず福西に短パンを借りたのも失点のひとつか)。空港へ。チェックインカウンターの行列が、遅いこと遅いこと。この国の人間は事務処理能力が低いのか、やる気がないようだ。空港で高桑が買い物をするといって、もってるバーツの残りを売ってやろうかと思ったが、それじゃたりないから、とかバカなことを抜かして彼は、二万円をわざわざ両替して、さらに千バーツ余らせ、成田でもう一度円に両替するという快挙に出た。おれは持ってるスイスあーみナイフがセキュリティで引っかかり、バゲージクレイムで受け取ることに→五つ目の失点。


そのせいで最後に搭乗し、荷物が棚におけず。というか俺以外にも荷物が置けない乗客がいた。JALの機体はくそだ。くそだ。古いせいか荷物置きのトランクは狭いし、個人用液晶もなければ、トイレも古い。こんなのでなぜNorth Westより高い金をとる。つぶれろ。飛行機の中では最初は爆睡し、飯のあとは福西の論文の英訳を手伝った。集中と偏西風もあいまって、時間があっという間に、成田に着く。ぐだぐだして移動していると、なぜなのか、京成線に乗る段になって石毛と福西とはぐれた。帰りの電車の中では一生と、というよりかは一生がずっと仕事の抱負みたいな話をしてた。あっという間に過ぎた。池袋まで三人いっしょだったので、立ち食いそばを食い、分かれた。


家に着いてからは・・・家に着いてからはなにしたかな・・・・OOOーを3回して、ジョギングして、本を読んで寝たとおもう。 言葉が全く通じない外国に行くと、いろんな予想しえぬイベントが起こる。そのときにどう対処するかで、各人のいろんな考え方、資質が見えてくるし、また自分のいろんな短所も見えてくる。これは一人バックパッカーでは得られない経験だ。今回の5人はバラバラな個性、本当におもしろかった。おれからみたMVPは一生だと思う。各方面に気配りしながらも、自ら努力し積極果敢に攻め、かつ失点がほとんどなかった。次点は福西だ。保守的に守り抜き、良く人の意を介しやさしさ担当だった。次は、高桑だ。ガイドブックを神の書と信じ、日系デパートと免税店で買い物をし、羽目をまったくはずさない姿勢は40代のお父さんそのものだ。最後は石毛だ。こやつはひょうひょうとしてやわらかな態度とエロい心を持って旅に臨んだ点で評価に値するが、二日目からおれの愚行をいちいちケラケラ笑っていたので、問題外だ。今回は他のゼミの旅行について行ったが、自分のゼミの韓国旅行よりは明るく終えることができた。
  1. 2007/03/25(日) 03:22:03|
  2. 雑感、随筆
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