超 自 省 録

時事、日中関係、社会問題について。会社員、オタク、二ヶ国語をしゃべるやつが、書きます。

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人脈の管理データベースを提唱する

 友人におもしろい男がいて、仮に名前をA君だとしよう。A君は、人脈も広ければ、その管理も上手い。会った人の名前はたいてい忘れず、その人の嗜好・背景・他人との関係もよく頭に納めている。またAは、対人関係においてはしなやかで、かといって追従するわけじゃないから、とても話しやすい。気分にムラがなく、常に安定して面白いことを言おうとするから、なにかの集いにはぜひ呼びたいような男、そして自分の友人としてみんなに紹介するのにまったくためらう必要がない男である。

 人脈やらコネクションが立身出世において大事だというのは、いまさら強調するまでもなくみんな分かっていることだ。この世は自然条件と社会条件から成り立っていて、後者を形作るのは人間だ。僕はことに人付き合いに関して、自分はAのようにはなれないだろうなあとかねてから考えていた。理由のひとつは自分が変わり者で、誰しからも好かれるような人間ではないこと、もうひとつは自分の記憶力・やる気(あるいは、他人に対する素直な興味)が、それほどないことだ。しかしやはり、人脈で損はしたくない。それでずっと前から、Aに負けないためにはどうすればいいのかと考えていた。達した結論が、「データベースかしてしまえばいい。」というものだ。

 人脈・コネクションをデータベース化するとはどういうことか。WEB上の文章を引用して説明すると、さしずめこんな感じだ。

日本語訳
データベースと大量処理という概念に慣れる
いかなる程度であれ、友人や家族の賞賛以上の成功を手にしたいのであれば、大勢の人に対応するという考え方に慣れる必要があります。
1 人から良い評価をもらってもまったく意味はないし、自分のバンドの曲が 1 つのラジオ局からオンエアされても十分ではありません。
何百人、何千人という数の人たちと密に連絡を取り合う必要があります。 ファン、音楽業界の人、またはトップを目指す過程で世界中で出会うであろう無数の人たち全員と、接触を保つ必要性がでてきます。
そうなると、データベースが必要になります。いわゆる 「コンタクトマネージャ」ソフトです。まぁ、住所録をシャレた言い方で呼んたものです。無限のメモリーを備えたこの素晴らしいツールが、芸術的、創造的かつ音楽的だけれども、すぐに容量が一杯になり、当てにならないことで悪名高い私たちの脳みそを助けてくれます。
使いこなすためには、おそらく慣れ親しんだことのない訓練および規則性が要求されますが、1 年半前にセントルイスでのギグの後に自己紹介してきたグラフィック デザイナーに連絡を取る必要が出てきたような場合には、大変役に立ちます。 あるいは、5 秒以内に、南カリフォルニアで知っているドラマーを 6 人見つけ出すこともできるのです。


引用元英語原文
http://jp.cdbaby.net/database-quantityは、プロミュージシャンを目指す人のための心得について詳しく書いてあるサイトだが、ミュージシャンを目指していない人にとっても、ためになることが多く書いてあると思う。


さて、人脈をデータベース化すれば、年を重ね、交友関係が積み重なって行くにつれて、データーの容量もメガバイト・ギガバイトと大きくなっていくだろう。この量はさすがに頭で覚えるのは困難だろうし、たとえ覚えたとしても、瞬時に思い出すのはきつい作業になるだろう。デジタルのデータベースなら記録、瞬時検索の双方が易々とできる。

しかし、現実問題として、データベースはコンピューターがなければ利用でいない。たとえば、「パーティ会場でふと再会したが、相手の名前が思い出せない」というような場面では、パソコンに走っていきまた戻ってくるわけにも行かないだろうから、記憶と違って電子的なデータベースはちっとも役に立たないということになる。これに関しては、その通りだ。その通り問題だが、もしかしたら近未来では、攻殻機動隊が描くところの「電脳」に近いものが登場して、――――たとえば、眼鏡の隅のディスプレイからデータベースを検索したりできるようになるかもしれない。そしてもし、技術が期待通りにうまいこと発展してくれれば、相手の顔のイメージから名前が検索できるようになるはずだ。 それができさえすれば、相手の趣味や職業、家族構成などの基本情報から、さらに過去に会った場所、メール交信、果てには(自分がデータベースに記録していれば、だが)交わした会話の内容までもが、文字通り”目の前に浮かび上がってくる”はずだ。

  さあ、どうだろうか。いまから自分の補助記憶としてデータベースを作っておいて損はない、と思わないだろうか。 自分の人脈というデータベースは自分で創るほかない。それ以外の自分specificではない内容はwikipediaを使えばいい。来るべきユビキタスの時代に備えて、自分の補助記憶として人脈をデータベース化してみることを提案した。


  1. 2007/07/07(土) 17:51:01|
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