超 自 省 録

時事、日中関係、社会問題について。会社員、オタク、二ヶ国語をしゃべるやつが、書きます。

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外国語を学ぶなんていう無駄な努力

 森鴎外の「青年」のなかにこんな一節があった。

「詩人は己がそれになろうと企てるものではなくて、生まれるものだ」

  読んだ当時は妙に心に残った。

 人生というのはおおむねそうだと思う。凡人か、英雄気質か、得意か不得意かというのはあらかじめ決まっていて、なろうとして企てたところでなれるものは少ない。あらかじめ、というのが言い過ぎならば、早い時期であらかた決まってしまうと言い換えても良い。
 いずれにしろ普通は、できることというのはどんどんできるようになるし、逆に苦手なことを克服しようとしても、いくら苦労したところでほとんど成果は得られない。それは「好きこそものの上手なれ」ということもあるし、嫌いなことは、もともと本気でたくさんやることが無理、ということもあろう。

 人生を振り返ってみるといい。昔に比べて自分がなにか、短所を長所にしたことはあるのだろうか? 


 
 無駄の努力の代表例が二つあって、ひとつはダイエット、もうひとつは外国語を学ぶことである。皮肉にもこれは英語の受験参考書に書いてあった話だが、この二つほど苦労が多く、収穫が少ないこともないというような話だった。

 なぜなのかと考えてみると、この場合、人間は生物学的に、栄養分を捨てるように設計されていないし、また大人になってから違う部族の言語を習得するようにも設計されていない。

 つまり、本質的に苦手なのだ。

 この本質的な苦手さがあるにもかかわらず、われわれの多くが外国語を学ぶのに苦闘しなければならないことは、ひとえにこの300年、アジアが付随的な地位に落ちぶれてしまったことのせいだと思う。
 僕はこれを「凋落した東洋の悲哀」と呼び、一方ならぬ思いもあるが、それは、また別の機会に書こう。

 
 本筋に戻すと、
「バイリンガルは己がそれになろうと企てるものではなく、生まれ育つものだ」ということがいえるのではないか。性格とか、もてるもてないとかについても同じことがいえるかもしれない。
 僕は、大人になってからもうひとつの言語を完璧に習得することは無理だと思う。ましてやトリリンガルなんていうものは存在しない。そんなものは信じない。○○ヶ国語しゃべると自称しているやつがいたとしたら、そいつはその時点から疑ってかかった方がいい、と思う。


 
 僕は英語が大好きで、これまで多大な時間を投入してもきたが、この先一生、ネイティブのようになることはないだろう。
 外国語を学ぶということは、ネイティブという登頂不可能な山頂に向かって、永遠に努力し続けるようなことかもしれない。
  1. 2005/10/26(水) 23:05:08|
  2. 雑感、随筆
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<いわゆる外資系金融4 ~投資銀行株式部のお仕事・上~ | ホーム | OB訪問って変な言葉だよねー>>

コメント

ダイエット食品を売る業界と、外国語学習の教材を売る業界は、客が「成功しない」ことで成り立っている業界だって話を聞いたことがあるよ(笑)

それにしても、
>外国語を学ぶということは、ネイティブという登頂不可能な山頂に向かって、永遠に努力し続けるようなことかもしれない。

という結論に達して、それでも外国語を勉強しようと思うかどうか知りたい。
  1. 2005/10/30(日) 23:51:35 |
  2. URL |
  3. saw #-
  4. [ 編集 ]

やるでしょ。ぼくも、みんなも

世の中無駄な努力をはしょれれば楽っすね~ 笑
  1. 2005/10/31(月) 22:02:41 |
  2. URL |
  3. 超旅行人 #-
  4. [ 編集 ]

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