超 自 省 録

時事、日中関係、社会問題について。会社員、オタク、二ヶ国語をしゃべるやつが、書きます。

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寄付1

もう一年前の話になる・・・・すこし履行するのが遅れてしまった。
n度めの正直 ~履修科目公開~

という記事で宣言していたように、大学の第7学期の成績15科目中3科目が優ではなかったので、罰として3万円を教育に恵まれない子供に寄付する。


20070708222319.jpg



Donation1.png




追記、寄付目的(児童、教育、地域など)を指定するためにはメールをする必要があり、メールをしたらなかなか感銘深い返信をいただいた。

OOO OOOO様

NGOアリーナ寄付サイトのYYYYと申します。
この度は当サイトをご覧いただき、「教育募金」へ多額のご寄付を
頂戴いたしまして、誠にありがとうございました。

昨日ご入金を確認させていただきまして、ご連絡をお待ちしており
ました。ご連絡誠にありがとうございます。また、あたたかいご支援に、
心より御礼申し上げます。

頂戴いたしました貴重なご寄付は、当会が責任をもちまして
ご指定いただきました「教育募金」といたしまして、NGOへお届け
させていただき、支援活動のために有効に活用させていただきます。

途上国にとって教育は、暗い歴史をぬりかえることのできる希望の
光です。基本的知識を身につけ、情報の取り方や、おかしいことの
裏づけを発見したり、改善していくことができるためには、教育しか
ありません。教育募金へのご支援に心より御礼申し上げます。

現地にとけこみ、ニーズをくみとって素早く支援活動等を行って
おりますNGOの重要性はますます高まっておりますが、すぐに
成果が目に見えるものではなく、また実際の財政基盤が大変弱い
ため、OOO様のように活動を支えていただける方々のご支援に
より成り立っております。
今回頂戴いたしましたご寄付は、まだまだ財政基盤の弱いNGOに
とって非常に力強い支えになることと存じます。誠にありがとうござい
ました。

なお、ご住所のご記載がございませんでしたので、メールにて御礼の
ご連絡をさせていただいております。
もし領収書等のお入用の場合は、お手数ですが、再度ご連絡
いただければ、ご連絡いただき次第、郵送にてご送付させていただきます。

また、当サイトでは、ご寄付をいただきました皆様のご寄付情報を、
ウェブサイトで公開させていただいております。

つきましては、もしご寄付情報の開示をご了承いただけます
場合は、下記質問事項にご回答いただきまして、2週間以内位
までにご返信いただければ幸いです。
すべての質問事項にご回答いただく必要はございません。
ご掲載をご希望いただける箇所のみで結構です。

なお、2週間以内位までにご返信をいただけなかった場合には、
ウェブサイトでの開示は行いませんことを、ご報告方々ご了承の程
お願い申し上げます。

以上、大変長くなってしまい、恐縮ですが、何かご不明な点等が
ございましたら、ご連絡いただければ幸いでございます。

それでは今後とも、当サイト及び当サイト参加NGOを宜しくご支援
賜れますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。



たいへんしっかりしたメールである。あらためてお金の価値について考えさせられる。
  1. 2007/07/08(日) 22:24:16|
  2. 雑感、随筆
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人脈の管理データベースを提唱する

 友人におもしろい男がいて、仮に名前をA君だとしよう。A君は、人脈も広ければ、その管理も上手い。会った人の名前はたいてい忘れず、その人の嗜好・背景・他人との関係もよく頭に納めている。またAは、対人関係においてはしなやかで、かといって追従するわけじゃないから、とても話しやすい。気分にムラがなく、常に安定して面白いことを言おうとするから、なにかの集いにはぜひ呼びたいような男、そして自分の友人としてみんなに紹介するのにまったくためらう必要がない男である。

 人脈やらコネクションが立身出世において大事だというのは、いまさら強調するまでもなくみんな分かっていることだ。この世は自然条件と社会条件から成り立っていて、後者を形作るのは人間だ。僕はことに人付き合いに関して、自分はAのようにはなれないだろうなあとかねてから考えていた。理由のひとつは自分が変わり者で、誰しからも好かれるような人間ではないこと、もうひとつは自分の記憶力・やる気(あるいは、他人に対する素直な興味)が、それほどないことだ。しかしやはり、人脈で損はしたくない。それでずっと前から、Aに負けないためにはどうすればいいのかと考えていた。達した結論が、「データベースかしてしまえばいい。」というものだ。

 人脈・コネクションをデータベース化するとはどういうことか。WEB上の文章を引用して説明すると、さしずめこんな感じだ。

日本語訳
データベースと大量処理という概念に慣れる
いかなる程度であれ、友人や家族の賞賛以上の成功を手にしたいのであれば、大勢の人に対応するという考え方に慣れる必要があります。
1 人から良い評価をもらってもまったく意味はないし、自分のバンドの曲が 1 つのラジオ局からオンエアされても十分ではありません。
何百人、何千人という数の人たちと密に連絡を取り合う必要があります。 ファン、音楽業界の人、またはトップを目指す過程で世界中で出会うであろう無数の人たち全員と、接触を保つ必要性がでてきます。
そうなると、データベースが必要になります。いわゆる 「コンタクトマネージャ」ソフトです。まぁ、住所録をシャレた言い方で呼んたものです。無限のメモリーを備えたこの素晴らしいツールが、芸術的、創造的かつ音楽的だけれども、すぐに容量が一杯になり、当てにならないことで悪名高い私たちの脳みそを助けてくれます。
使いこなすためには、おそらく慣れ親しんだことのない訓練および規則性が要求されますが、1 年半前にセントルイスでのギグの後に自己紹介してきたグラフィック デザイナーに連絡を取る必要が出てきたような場合には、大変役に立ちます。 あるいは、5 秒以内に、南カリフォルニアで知っているドラマーを 6 人見つけ出すこともできるのです。


引用元英語原文
http://jp.cdbaby.net/database-quantityは、プロミュージシャンを目指す人のための心得について詳しく書いてあるサイトだが、ミュージシャンを目指していない人にとっても、ためになることが多く書いてあると思う。


さて、人脈をデータベース化すれば、年を重ね、交友関係が積み重なって行くにつれて、データーの容量もメガバイト・ギガバイトと大きくなっていくだろう。この量はさすがに頭で覚えるのは困難だろうし、たとえ覚えたとしても、瞬時に思い出すのはきつい作業になるだろう。デジタルのデータベースなら記録、瞬時検索の双方が易々とできる。

しかし、現実問題として、データベースはコンピューターがなければ利用でいない。たとえば、「パーティ会場でふと再会したが、相手の名前が思い出せない」というような場面では、パソコンに走っていきまた戻ってくるわけにも行かないだろうから、記憶と違って電子的なデータベースはちっとも役に立たないということになる。これに関しては、その通りだ。その通り問題だが、もしかしたら近未来では、攻殻機動隊が描くところの「電脳」に近いものが登場して、――――たとえば、眼鏡の隅のディスプレイからデータベースを検索したりできるようになるかもしれない。そしてもし、技術が期待通りにうまいこと発展してくれれば、相手の顔のイメージから名前が検索できるようになるはずだ。 それができさえすれば、相手の趣味や職業、家族構成などの基本情報から、さらに過去に会った場所、メール交信、果てには(自分がデータベースに記録していれば、だが)交わした会話の内容までもが、文字通り”目の前に浮かび上がってくる”はずだ。

  さあ、どうだろうか。いまから自分の補助記憶としてデータベースを作っておいて損はない、と思わないだろうか。 自分の人脈というデータベースは自分で創るほかない。それ以外の自分specificではない内容はwikipediaを使えばいい。来るべきユビキタスの時代に備えて、自分の補助記憶として人脈をデータベース化してみることを提案した。


  1. 2007/07/07(土) 17:51:01|
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刑法、少年法改正、ポピュリズムについてメモ

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E5%B8%82%E6%AF%8D%E5%AD%90%E6%AE%BA%E5%AE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6
光市母子殺害事件 ウィキペディアの記述

http://critic2.exblog.jp/3251270/
ブログ評その一


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E7%94%B0%E5%A5%BD%E5%BC%98
安田弁護士 信念のひとか



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A0%E8%97%A4%E8%AA%A0
遠藤誠 信念のひと




現在犯罪被害者およびその親族に配慮しようという主張が盛り上がっている。たとえば少年法廃止などといった主張だ。おそらくこういった潮流は、メディア報道にあおられてで十数年周期で起きるものであり、それが近代以来繰り返された論争の結果としてある現在の法体制を変えるのにはいたらないと思う。

しかしだからといって、こうした主張を、大衆感情だと一蹴してしまうのは、二つの理由で間違っている。

第一に、こうした主張が「近代法」に疑問を投げかけ、復讐や私刑はどうして悪いのかというそもそも論につながっている。そもそも論は、いいことだ。

第二に、たしかに2chあたりでみられる、パソコン画面とキーボードに隠れて勧善懲悪を叫ぶ雰囲気は好かないが、一方でインテリが傲慢にも、「社会全体から、マクロレベルからありうべき法制度」を語っても仕方がないのである。目の前に犯罪被害者とその親族がいる以上、すでにミクロレベルのケースであり、もっと人間として同情、配慮を示すべきである。それに事欠くと、安田弁護士や民主党の平岡議員のようになるのではないか。

ちなみに、私は平岡議員のいうことが間違ってるとは思わない。ただテレビにあまり慣れていなかったのだろう。



必要なのは、IQとEQの両方だ。他人に流されず、自分でゼロから考え抜き、そしてにんげんとしての感情を忘れない。

「そのくもりなき眼で、見定めよ。」 もののけ姫
  1. 2007/06/30(土) 15:19:12|
  2. 雑感、随筆
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タイ80時間の顛末 下

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二日目は、みんなでいっしょに朝食のバイキング。そしてアユタヤへ。朝8時半に10分ほどおくれて、JALが手配してくれたガイドのおじさん、孫ガンホがやってきた。ライトバンで1時間くらい移動し、最初に着いたのは、王の別荘だ。いい場所だった。次ぎは日本人の入植跡。日本人のおっちゃんがやってるおみやげ店の安心感で、つい買い込む。次ぎに行ったのが寺院みたいなところで、金箔がなくなった涅槃がある。ビルマとの戦争に負けて、はがされていったらしい。

そのあとホテルのロビーでバイキングの昼食。孫がうざいくらいに、これは食べるとおなかいっぱいになっちゃうから、損しますとか、これは高い物ですから食べた方が得ですよとか、お節介なアドバイスをしてくれていた。このあたりは韓国のガイドのおばさんとおなじだな。バイキングは本当にうまかった。特にココナッツカレーとタピオカと甘いピーナッツ餃子が。客は日本人と欧米ばかりだった。


飯のあといったのが・・・象乗り。500バーツと高い感じがしたが、新鮮で楽しかった。そしてそのあと行ったのが・・・たぶん世界遺産。思ったより規模は小さいが、本当に「遺跡」って感じで、よかった。夜ライトアップするためのハロゲンランプが整えられて他が、いくつかは壊れて木の葉が中に貯まっていた。現代の設備まで遺跡になるようだ。  そしてまたなんとかの寺院にいって、木にとりこまれた仏像をみて、 帰路についた。


帰りの車の中で1500バーツのツアー代を請求されたが、買い物やらなんやらでだれも手持ちがなかった。そこで、孫さんは、一生に空港での両替のレシートを出させ、それより少し良いレートで両替することをオファーしてくれた。ついでに移動中にムエタイとニューハーフショー(もう一つの劇場の)の手配もしてくれた。それぞれ1850B、800Bと、市価より150と200も安く、である(このことを彼は20回は強調した)。しかしもともとこの国の市価というか、言い値は、本当の価格だとは思えず、両替にしてもそうなのだが、孫が幾分かまたサヤを抜いているのは間違いのなかった。とはいえ僕たちはどうせだれかにぼられるのだから、これらの親切なオファーに対しては、もう孫が有能だと他に言うことはなかった。車内ではしばらくお札が飛び交った。孫は高速度路の手前で、「皆さんトイレは?」といってから、自分一人でウンコをしにいった。しばらく時間がかかり、これが有能な彼の最初の失点だった。



ホテルには5時くらいについて、めっちゃかわいい子が二人、ムエタイのチケットを届けに来た(今考えるとこれは不思議なシステムだ)。しはらって、みんなでお金をおろしに行くと、このとき俺はVISAカードがなくなっていることに気づいた。いそいで部屋に戻って探したがなく、ホテルロビーでVISAのなんらかのセンターの電話番号を聞いたが10分しても出てこなく、再び文句を言っても焦る様子もなくいま問いあわせてますと、どこでさがしてんだよぼけと思いつつ業を煮やしたおれは、インターネット使用券を買いWEB検索で1分で番号をみつけ、ロビーで電話してもらいカードの使用を止めてもらった。この一連の過程で、この四つ星ホテルのレセプションにいるのは、a bunch of idiotsであることが判明した。かれらは英語をかろうじて解する物の、自らはほとんど話せず、またサービス精神というものがなく、態度だけはどっしりしているから偉そうにさえ見える。このホテルはハードウェアがなかなか良かっただけに、ウェスティンかどこかが買って、運用した方が良いなと思った。


問題が解決してから、三人部屋で小休みを取ってビールをのみ、6時半にムエタイに出かけた。出かける直前に1Fロビーで声をかけられ(毎回タクシー?マッサージ?とか言ってくるあいつらははたして本当にホテルの従業員なのだろうか・・・・)、ムエタイはいかがですか、1800バーツでお安くしますよと・・・、おつ。 会場について、席は確かに、孫が20回は強調していたように、リング際の一等席だったま。わりは欧米ばかり。すぐ前はフランス人の親子四人家族のようだ。試合は・・・最初は興奮してみていたが、なれ合いであることが判明するまで、それほど時間はかからなかった。最終試合をのぞき、全試合赤コーナーチャンピョンが勝った。顔面めがけてのパンチやキックはなく、ボディにこれ見よがしの膝蹴りばかり。スリップダウンにも観客はいちいちどよめき、格闘技というよりはパフォーマンスぽかった。石毛は退屈のあまり、口をあけて寝ていた。一生は評論家ばりの批判をしつづけた。盛り上げるために、三人でで変動レートで賭をやったのだが、結局僕が300バーツほどまけて、石毛が小勝ち、一生が大勝した。俺は一生と石毛の間に立って、アービトラージをとろうとしたが、逆アービトラージになってしまっていたと気づいたのはDoneしたあとだった。このたび二つめの失点にも石毛は死ぬほど笑った。こやつは昨日のチップの一件から本当にバカにして笑ってくるそして、アゴを前に突き出して楽しそうに俺のまねをする。そんなにしゃくれてねーつの。


四時間の観戦のあと、石毛と一生は市内にあるというクラブに行くという。福西と高桑はもう疲れてやる気がなく、おれはやる気はあったがクレジットカードを落としたせいで一銭もなかった。だから、この三人はホテルに帰って、休むことにした。














三日目になるともうやる気がなかった。この日でかけるときににそもそもカメラを持って行かなかった。一生から1000Bを借りたが、それだけもって出かけるわけにはいかなかった。だから一人でホテルに残って、のんびり日光浴しながら、あるいは豪華なロビーのソファーでくつろいで本を読むことにした。プールサイドで、染めたブロンドの二人組にナンパして失敗してるドイツ人の中年を見かけた。笑 失敗の仕方が日本人そっくりだったーー顔を見合わせて、クスクス笑いの半無視。プールサイドは、曇りぞらから太陽が顔をのぞかせた瞬間、たちまち暑くなる。欧米は日焼けをしていたが、おれはたまらなくなり、二時間でロビーの方に避難する。モルガン家は記述が前後しすぎる節があるが、予想以上におもしろい本だ。金融というもの全体についてもっと勉強しなきゃ、と思う。昼になると高桑がロビーにやってきて、しばらく話し、彼はマッサージに出かけた。一生と石毛と福西は朝からパタヤビーチに行った。四時までのんびり楽しく過ごせた。 


  5時過ぎにSiam駅で合流したときの話によれば、マッサージは普通に気持ちよく、ビーチはあまり栄えていなかったらしい。昨晩のクラブの話を聞くと、目が眩むよなかわいい子がたくさんいて、ほとんどが娼婦だったという。話しかけてきたアラブの観光客によれば、やりたければなんとかというところにいけば二時間で2千バーツらしい。奥菜恵そっくりで、本人よりかわいい子がいたという石毛の話を聞いてると、こっちまでそわそわしてきた。でも結局奴ら現金がそれほどなく、そして日本人観光客の女の子のナンパをねらって行ったわけで、なにも起こらずに帰ってきた。そんなん感じでみんなでデパートの7Fでご飯をたべ(このときも俺と高橋はまわりのかわいい子ばかりをみていた。)、アジアホテルのニューハーフショーに移動。そしたらロビーに孫ガンホがいて、びっくりした。またもやしつこいほどの世話焼き、出しゃばりのこのおじさん。ショーは・・・・前回のMANBOと同じくらいなレベル。演出家がいるとしたら、MANBOの方を俺は支持するな。合理的でより観客のニーズに応えようとしてる。

ショーのあと、ナイトバザールに行った。タクシーのなかで一生がやりてぇーよと連発。そりゃそうだ。バンコクに来て、かわいい子ばかり見かけてはきたが、みんなオナニーの一つできていない。バザールでは、買い物意欲がどんどんわき、四人とも買いまくった。このナイトバザールはおすすめだ。結局現金がたりず、最後に一生から500B借りてチークの花瓶を買いに行こうとしたら、もう店が閉まってた。ホテルかえって・・・水を飲みながらすこし三人部屋の方でだべり、寝た。









四日目
四泊五日と銘打つこのたびの最終日は、朝5時に起こされ、ホテルロビーへ。部屋にデジカメの充電器を置き忘れる。この旅のおれの最後の失点(ほとんど服をもっていかず福西に短パンを借りたのも失点のひとつか)。空港へ。チェックインカウンターの行列が、遅いこと遅いこと。この国の人間は事務処理能力が低いのか、やる気がないようだ。空港で高桑が買い物をするといって、もってるバーツの残りを売ってやろうかと思ったが、それじゃたりないから、とかバカなことを抜かして彼は、二万円をわざわざ両替して、さらに千バーツ余らせ、成田でもう一度円に両替するという快挙に出た。おれは持ってるスイスあーみナイフがセキュリティで引っかかり、バゲージクレイムで受け取ることに→五つ目の失点。


そのせいで最後に搭乗し、荷物が棚におけず。というか俺以外にも荷物が置けない乗客がいた。JALの機体はくそだ。くそだ。古いせいか荷物置きのトランクは狭いし、個人用液晶もなければ、トイレも古い。こんなのでなぜNorth Westより高い金をとる。つぶれろ。飛行機の中では最初は爆睡し、飯のあとは福西の論文の英訳を手伝った。集中と偏西風もあいまって、時間があっという間に、成田に着く。ぐだぐだして移動していると、なぜなのか、京成線に乗る段になって石毛と福西とはぐれた。帰りの電車の中では一生と、というよりかは一生がずっと仕事の抱負みたいな話をしてた。あっという間に過ぎた。池袋まで三人いっしょだったので、立ち食いそばを食い、分かれた。


家に着いてからは・・・家に着いてからはなにしたかな・・・・OOOーを3回して、ジョギングして、本を読んで寝たとおもう。 言葉が全く通じない外国に行くと、いろんな予想しえぬイベントが起こる。そのときにどう対処するかで、各人のいろんな考え方、資質が見えてくるし、また自分のいろんな短所も見えてくる。これは一人バックパッカーでは得られない経験だ。今回の5人はバラバラな個性、本当におもしろかった。おれからみたMVPは一生だと思う。各方面に気配りしながらも、自ら努力し積極果敢に攻め、かつ失点がほとんどなかった。次点は福西だ。保守的に守り抜き、良く人の意を介しやさしさ担当だった。次は、高桑だ。ガイドブックを神の書と信じ、日系デパートと免税店で買い物をし、羽目をまったくはずさない姿勢は40代のお父さんそのものだ。最後は石毛だ。こやつはひょうひょうとしてやわらかな態度とエロい心を持って旅に臨んだ点で評価に値するが、二日目からおれの愚行をいちいちケラケラ笑っていたので、問題外だ。今回は他のゼミの旅行について行ったが、自分のゼミの韓国旅行よりは明るく終えることができた。
  1. 2007/03/25(日) 03:22:03|
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新生活と資本主義に生きる僕 

 *この記事は個人情報を惜しげもなく含んでいるが、本ブログの作者が匿名であるという前提で、書いた。
 
 結局三月中に引っ越すことにした。部屋の図面を作って、配置をシミュレーションしてみた。


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今住んでいる部屋も、35分くらいかければ会社に通えなくもない。7月から8週間の海外研修で空けることを考えると、そのあとに引っ越すのが得策かもしれない。しかし、入社してから部屋探しや引っ越しや内装をするドタバタを考えると、家賃の節約というメリットも、引っ越すかどうかという決定を先にのばせるオプション価値も色褪せてくる。
 正直をいうと、探していたら良い物件を見つけてしまったことが引っ越しの決定打というべき。ぼくは部屋とインテリアにはこだわる人で、今住んでいる部屋も、来客は十中八九、「(意外に)広い、きれいじゃん、かわいい、すげー、意外だ」のいずれかの言葉を感想として漏らす。それは、大学二年のとき池袋中を歩いて探し回り、入居してからも東急ハンズに数十回通って作り上げた部屋だからだ。スピーカ台から間接照明まで自作した。お金もかかったが、それ以上に時間と工夫と執念が注ぎ込まれている。
今度みつけた物件も実にいい。中途半端に自慢をにじませるのもめめしいだろうから、忌憚なく誇らせてもらうと、広さは50平米(LDK18畳の寝室6畳)と一人暮らしには十分だ。地下鉄の最寄り駅から徒歩2分ながら、大通りから二ブロック奥に入った静かな場所だ。会社まで二駅、Door to Door で10分以内だ。静かで近いというこの点は本当にポイントが高い。第三に家賃がそれほど高くないこと。今の部屋の倍で管理費込みで月15万円だ。 
広い、近い、安いとくれば、欠点だが、まずラブホエリアに隣接していること。築20年で水回りが古いこと。リフォームしてあるものの床の工事をけちったらしくフローリングがたわむというか柔らかい。そしてエアコンが一機しかないこと。そして、宅配ボックスやら光ファーバーやらケーブルテレビはさらに望むべくもないこと、である。


引っ越し前後にかかる費用を試算してみた。



hiyou.png




・ ・・・絶句するくらいすごい出費だな。

・ Q&Aセッションといこう。

Q金どこからでるの?
A自分で払う。もう親の世話にはなりません。

Q 誰?どういうやつ?
A 23歳男。大卒予定の新社会人です。

Q よくそんな金あるな!?
A はい。

Q生意気な・・・・死ねば?
A・・・・死にません。


Qなんだ、自慢かよー
Aんーー、自慢にはならないな。仕事クビになったら部屋から出なくてはいけない。病気もできない。不安がいっぱいだ~

Q 格差社会だ!
A まったくもって同意。格差社会です。




・銀行でローンを借りようとした顛末

朝、銀行に向かった。 みずほ銀行池袋支店3Fにいくと客がほとんどいないせいか、行員が気づいてくれるそぶりを示さない。しょうがないからずっとローン窓口の前に突っ立ってた。十秒くらいすると、お姉さんがやってきて、「なにか?」と。・・・・・・おれがローンを借りるタイプに見えないのかしらね。たしかにこの日はジーパンに革ジャンにボサボサ髪と「不真面目だしかなりいけてない部類のフリーター」という風貌だったけどさ。「ローンの相談に乗ってもらえないかと思って」とハキハキ答えてやりました。商談開始。結論から言うと、使途を証明する書類がないと審査に通る可能性はないとこのだ。年率8%の使い道自由の消費ローンと銘打っているが、「お取引(池袋支店に口座)のないお客様の場合、やはり使い道を示す書類が必要」とのこと。たとえば引っ越しなら業者の見積もり、家具なら請求書という具合に。さらに、基本的に借りた分は現金支給はされず、消費財・サービスの提供業者にみずほの口座から直接振り込まれるという(その際もちろん振り込み手数料はかかる)・・・・・・・・はなしにならんな、カーテンから布団から歯ブラシまで買うのに、見積もりだしていちいちふりこんでられるか。学生、収入どうのとか切り出す前に、使い道で詰まってしまい、商談不成立。ちなみに、おねえさんは一貫して態度が良く、丁寧懇切に説明してくれた。「それはこまりましたねー」と俺が言うと、すこし同情さえしてくれていた気がする。次ぎに三井住友銀行の東池袋支店にいった、あしもとをみられない?ために革ジャンをぬいてトレーナー姿でいった(あまり変わらん)。こちらは大繁盛で、客大入り。ソファーで少し待って、ローン窓口に。出てきたお姉さんは、ズバリモノを言うタイプで、分かりやすくて良かった。「お客様、4月から働く事になっているとはいえ、やはり前年度の収入を証明するものがありませんと、こちら(年率8%くらいの無担保消費ローン)の審査は通りません。」 そのかわり、といって、「すこし利息が高くなってしまいますが、こちらのカードロンなら、50万円まで、審査なし運転免許のみで借りることができます。」「短期のお借り入れの場合ですと、それほど差はおおきくありません。」 それを聞いた瞬間「やったー!借りれる」と思った俺は、多重債務者の境地をすこし理解できた気がした。日本国が1.7%で借り入れをするこのご時世、年利12%は暴利以外のなにものでもない。感覚的にはおれの方が、借金まみれ自転車操業の日本国よりイケてる気がすんだけどねー。12%はないわ。まあでも、返済額は毎月一万円以上であれば好きなタイミング、好きな額でできるという素敵なコーラブル、んで4ヶ月で完済すれば利息も1万5千円くらいだろせいぜい。ともかく、SMBCのカードローンに落ち着きそうだ。




・先輩から個人融資を受けることになった顛末

土曜日、渋谷でTさん、Aと三人で会食@明治通りのとんかつ和幸。Tさん前回より元気になっていた。仕事もずいぶんと覚えて、順調だという。して、引っ越しでお金に困っているという話をすると、ありがたいことに、50万円融資してくれるという。こういうためらわない、互助互恵をよしとするお考えはおれそっくりだ。感謝。というわけで大学を卒業していきなりカードローンに手を出さなくても済みそうだ。





部屋について長く書いたが。そもそもこの記事を書いた一つの目的は、趣味についての自慢兼あらたなプランニングである。もう一つの目的は情報提供である。後進や世間のために、いわばひとつの実像を提供することである。さらには、すこしシニカルに感じたから----つまり結局、あんなにたくさんあるように思えた初任給が、全部家賃と食費と家具に消えることに皮肉を感じたから、書いたのである。僕はインテリアにはおしゃれなのがほしいし、新しいデジタルグッズには目がないし、食う量だってアメリカ人並にバカ多い。自分のそういう欲望をひとつひとつ満たしていくと、馬車馬のように一年働いてもほとんどなにも残らないんだなと、気がついた。ビジネス街で一日3食外食していたら確実に毎日2500円~3000円はかかり、月10万ちかく食費がかかることを考えればいささか萎えるが、他に仕方があろうというのか。ある意味、不動産所有者と外食産業と家具メーカーのために働くことになる。じゃ、労働の対価で交換したそういったものが、教養・見識あるいは筋肉・美貌のように生涯にわたって役に立つかといえば全くそんなことはない。家賃も飯もあっという間に消える。家具だって3~5年で減価償却だろう。自身が熟練することはあれど、結局ストックはなにも残らないのが資本主義のなかの労働者の姿だなーと思ったわけよ。それはたとえ、この先いくら昇進できたとしても、本質的には同じことに違いない。つまるところ、賃金所得労働者である限り、余剰なんて望めないということだろう。
 
 で、結論はなにか。結論だが、「嗚呼!悲しき資本主義」などとナイーブに結ぶつもりはない。むしろその逆で、人間が大いに働き、自慢し、欲望をみたしていくことを、賞賛したいと思う。人の欲は、限りがないとは言うが、それでここまでやってきたようなもんだ。この先もそれは変わることはないだろう。Let’s see what happens! も、楽しいではないか。


  1. 2007/03/19(月) 10:20:06|
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